ポルノグラフィティ『サウダージ』、9月13日リリースの大ヒット
2000年9月13日、4thシングル。オリコン1位、12週連続TOP10は自身最長。
ラテンの香り漂うギターのイントロと、岡野昭仁の伸びる歌声。広島から来た2人組がメジャーで完全に位置を獲った曲。秋の夜のドライブでこれが流れると、それだけで季節が完成する一曲だった。
AUTUMN · 2000
平成12年 · 9・10・11月 · 全 72 件
シドニー五輪で高橋尚子が金メダルを取り、三宅島が噴火し、ON対決の日本シリーズに沸き、写メールが生まれた三ヶ月。やまとなでしこと月光とサウダージが街に流れ、IT革命という言葉が日本中に広がった季節。
この季節を、シンヤの声で聴く2000年9月13日、4thシングル。オリコン1位、12週連続TOP10は自身最長。
ラテンの香り漂うギターのイントロと、岡野昭仁の伸びる歌声。広島から来た2人組がメジャーで完全に位置を獲った曲。秋の夜のドライブでこれが流れると、それだけで季節が完成する一曲だった。
2000年9月27日リリース、13thシングル。アユ絶頂期、オリコン1位。
浜崎あゆみが年に何枚もシングルを出していた絶頂期。SURREAL、AUDIENCEと連発される秋。短いスカート、長いブーツ、東京の夜の街にこの声が滲んでいた季節。
2000年9月6日、11thシングル。TBSシドニー五輪テーマ曲。
五輪が始まる前から放送局のSEで流れていた一曲。深夜の五輪中継のCM明けで流れる、あのスピード感。モー娘。の全盛期感を象徴する一曲。
2000年9月20日リリース。aikoの恋愛ソングが定着した秋の一曲。
手紙のようなラブソング。前作『桜の時』から半年ぶり。FMでこれが流れたら、女子大生の助手席で口ずさみが始まる。aikoが定番アーティストになる助走の秋。
2000年9月18日、8thスタジオアルバム『Music』リリース。シングル『Music』もチャート1位。
カウボーイハットを被ったマドンナのジャケット。エレクトロニカとカントリーが混ざる新機軸。マドンナはまだ最前線にいる、と感じさせた秋。クラブでもFMでも、Madonna『Music』というフレーズが繰り返し聞こえた。
2000年9月13日リリース、20thシングル。TBSドラマ「ガチンコ!」エンディングテーマ。作曲つんく♂。
ジャニーズのロックバンドTOKIOに、モーニング娘。を手がけるつんく♂が楽曲を提供するという意外な組み合わせで話題を集めた。TBSの人気バラエティ「ガチンコ!」のエンディングテーマとして多くの視聴者の耳に届いた。8cmCDシングル最後の作品という節目にもなった。
2000年9月6日リリース、32ndシングル。NHKシドニーオリンピック中継テーマ曲。オリコン最高4位。
2000年シドニー五輪のNHK中継テーマ曲として制作されたZARDのアップテンポナンバー。高橋尚子の女子マラソン金メダルをはじめ日本選手が活躍した五輪の映像とともに、多くの視聴者の記憶に刻まれた。ZARDらしい爽やかなボーカルと疾走感がスポーツ観戦の高揚感とマッチした1曲。
2000年9月27日リリース、5thシングル。アニメ「名探偵コナン」オープニングテーマ。
1999年のデビューから急成長を続ける倉木麻衣が、「名探偵コナン」のオープニングテーマとして送り出した秋シングル。コナンとのタイアップは複数枚にわたり定番化しており、アニメ視聴者を中心に幅広い層に親しまれた。爽やかなR&B風のポップサウンドが2000年秋の空気感によく合っていた。
2000年10月25日リリース。月9『やまとなでしこ』主題歌、オリコン1位を非連続4週。
MISIAの圧倒的なボーカル、シンプルなピアノアレンジ、ドラマのオープニングと完璧に重なる音像。週明けの月9を待つ間、街中で何度でも流れていた曲。20世紀最後の女性シングルの最大ヒット。
2000年10月25日リリース。MISIA『Everything』と同日リリースの大物対決。
B'zのロックバラード。同じ日にMISIA『Everything』も発売されていて、CD屋の店頭で並ぶ平積みのコントラストが鮮明だった日。稲葉浩志のボーカルと松本孝弘のギターが安定の品質で並ぶ秋の一枚。
2000年10月9日リリース。アルバム『All That You Can't Leave Behind』先行シングル、グラミー3冠。
90年代の実験期を経たU2が、ロックバンドとして戻ってきた一撃。FMの洋楽番組でDJが熱を込めて紹介する空気。秋のドライブのプレイリストの先頭に置かれた、そんな種類の曲。
2000年10月18日リリース、16thシングル。資生堂「マシェリ」CMソング。伊藤一朗脱退後、持田香織・五十嵐充の2人体制初作品。
1999年末にギタリスト伊藤一朗が脱退し、持田香織と五十嵐充の2人体制となったELTが送り出した第1弾シングル。資生堂「マシェリ」のCMソングとして起用され、2000年秋のラジオやテレビで繰り返し流れた。切なさと再起動感が共存するミドルチューン。
2000年10月25日リリース、17thシングル。日本テレビ系アニメ「犬夜叉」オープニングテーマ。
高橋留美子の人気漫画「犬夜叉」のテレビアニメが2000年10月に放送開始し、そのオープニングテーマとしてV6が起用された。ジャニーズとしては異例のアニメタイアップで、アニメの放送と相まって10〜11月の秋を通じて広く浸透したシングル。
2000年10月4日リリース、メジャー2ndシングル。初のトップ10ヒット。
関西出身のシンガーソングライター矢井田瞳が2000年7月にメジャーデビューし、わずか数ヶ月でトップ10入りを果たしたセカンドシングル。ギター1本で表現するポップスが若い世代に支持された。椎名林檎・宇多田ヒカルに続くシンガーソングライターブームの一角を担い、2000年秋の音楽シーンに新鮮な風をもたらした。
2000年10月12日リリース。テレビ朝日系シドニーオリンピックテーマソング。東芝「Dynabook」CMソング。
テレビ朝日がシドニーオリンピック中継テーマとして起用した福山雅治のロックナンバー。五輪終了後にシングルリリースされたが、秋の放送波でも引き続き流れた。東芝DynabookのCMソングとしても起用され、テレビを通じて繰り返し耳に届いた。福山雅治の男性的なロックイメージを強化した1枚。
2000年10月30日リリース、全英1位デビュー。2ndアルバム『Coast to Coast』第2弾シングル。
アイルランド出身の5人組Westlifeが2000年10月にリリースしたセカンドアルバム『Coast to Coast』からの第2弾シングル。全英シングルチャートで初登場1位を獲得し、バンドにとって7度目の全英1位となった。ボーイズグループ全盛の2000年秋を象徴するバラード。
2000年10月23日リリース、全英1位デビュー。バンド通算9枚目の全英ナンバーワン。
スパイス・ガールズが2000年10月にリリースしたサードアルバム『Forever』からのリードシングル。「Let Love Lead the Way」とのダブルA面として発売され、全英チャートで初登場1位を記録した。バブルガムポップからR&Bサウンドへと成熟した方向性を示した、バンド最後の全英1位となった。
2000年10月9日リリース、全英2位。U2「Beautiful Day」に阻まれた話題作。
ロビー・ウィリアムスとカイリー・ミノーグが2000年10月にリリースしたデュエットシングル。ウィリアムスのアルバム『Sing When You're Winning』とミノーグのアルバム『Light Years』双方に収録された。全英チャートで2位を獲得し、英国スター同士の組み合わせとして話題を呼んだ。
2000年11月1日、14thシングル。秋から冬にかけて浜崎あゆみが二曲続けて街を染めた。
ロングコートを羽織ったジャケ写。秋の終わりから冬の入口の空気感を体現したシングル。クラブで、カラオケで、ラジオで、年末まで流れ続けた曲。
2000年9月リリース、11月から11週連続全米1位。映画『チャーリーズ・エンジェル』主題歌。
ビヨンセを中心とした女性R&Bトリオが、ガール・パワーを象徴する曲を出した秋。映画の予告編、CM、MTV。Independent womenというフレーズが2000年代の女性像のキーワードになっていく予感だった。
2000年11月29日リリース、6thシングル。花王ソフィーナ「AUBE」CMイメージソング。
2000年にデビューし急成長を遂げたDo As Infinityが、年末に向けて送り出したバラードシングル。花王ソフィーナ「AUBE」のCMソングとして採用され、冬の訪れを感じさせる穏やかなメロディーが印象的。デビューから1年で次々とヒットを重ねてきた彼らの、2000年を締めくくる作品となった。
2000年11月15日リリース、33rdシングル。テレビ朝日「土曜ワイド劇場」テーマソング。オリコン最高6位。
テレビ朝日「土曜ワイド劇場」のテーマソングとして使用された後、11月にシングルとして正式リリースされた。坂井泉水の柔らかい歌声が映えるミドルバラードで、秋の夜長の視聴者に寄り添う雰囲気を持つ。2000年秋の終わりを飾るZARDの1枚。
2000年11月15日リリース、11thシングル。TBSドラマ「真夏のメリークリスマス」主題歌。
TBSドラマ「真夏のメリークリスマス」の主題歌として11月にリリースされたthe brilliant greenのシングル。川瀬智子の透明感あるボーカルとロックサウンドが特徴的で、クリスマスシーズンに向かう秋の深まりの中で広く聴かれた。
2000年11月29日リリースの「Lily's e.p.」収録曲。映画「バトル・ロワイアル」エンドロール主題歌。
深作欣二監督の映画「バトル・ロワイアル」のエンドロール主題歌として起用されたDragon Ashの楽曲。激しいサウンドで知られるDragon Ashがこの曲で見せた静謐な側面が映画の余韻と重なり、強烈な印象を残した。公開当時は映画と曲がセットで語られるほど、2000年秋冬の若者文化に刻まれた作品。
2000年11月リリース、46thシングル。WOWOWドラマ主題歌。
WOWOWのオリジナルドラマの主題歌として制作されたサザンオールスターズのシングル。地上波ではなくCSチャンネルとのタイアップという当時としては先進的な試みで、桑田佳祐の作家性が色濃く出た作品。2000年秋の深まりとともにリリースされた。
2000年11月8日リリース、4thシングル。フジテレビ系ドラマ「涙をふいて」オープニングテーマ。オリコン最高2位。
1999年にデビューした嵐がリリースしたデビュー2年目の秋シングル。フジテレビ系ドラマ「涙をふいて」のオープニングテーマとして起用され、オリコン最高2位を記録。曲名のユニークさもあって話題になった。デビューから着実に存在感を高めてきた嵐の成長を示す、2000年秋を代表するジャニーズポップスの一つ。
2000年11月8日リリース、6thシングル。NHK連続テレビ小説「オードリー」主題歌。
NHK連続テレビ小説「オードリー」の主題歌に抜擢された倉木麻衣のシングル。朝ドラ主題歌という国民的露出を得て、若年層だけでなく幅広い年代に名前と歌声が届いた。爽快感のあるアップテンポ曲で、2000年秋を通じてNHKで毎朝流れ続けた。
2000年11月29日リリース、6thシングル。ミズノ「SUPER STAR」CMソング。
「あの紙ヒコーキ くもり空わって」で1999年に話題となったフォークデュオ・19が、ミズノのCMソングとして書き下ろした6枚目シングル。素朴なギターサウンドと真っ直ぐな歌詞が持ち味で、2000年秋の夕暮れ時に似合うノスタルジックな1曲。
2000年11月20日リリース、全英1位。12か国以上でチャートトップ。
アメリカのラッパーEminemが2000年11月にリリースした楽曲。Didoの「Thank You」からサンプリングされたフックを使い、Dido本人がボーカルを担当。全英シングルチャートで首位を獲得し、ドイツ・オーストラリア・アイルランドなど12か国以上でチャートトップを記録した。2000年を代表するヒップホップシングルの一つ。
2000年1月26日リリース。オリコン年間1位、レコ大、秋まで定番OAされた怪物ヒット。
桑田佳祐の声と弦アレンジ。冬に出たのに、夏も秋も流れ続け、誰もが歌える曲になっていた。20世紀最後の国民的バラード。
2000年4月26日リリース。年間2位、レコ大金賞、秋まで街中で流れ続けた。
桜の季節ではない秋にも、なぜかしっくり来た不思議なバラード。福山雅治がアーティストとして完全に位置を獲ったきっかけの一曲。年末のレコ大まで残る存在感だった。
2000年7月12日リリース・シングル。9月27日のアルバム『Q』に収録、秋FM定番。
ミスチルが復帰路線の中で出した1曲。9月の『Q』発売週、店頭でジャケットが平積みになる。深夜のFMで何度も流れた、秋のミスチルの音だった。
2000年7月19日リリース、19thシングル。アグレッシブなロックチューン。
ラルクが「綺麗な曲」だけじゃない側面を見せていた時期。夏に出たエッジの効いた一曲が、秋になってもFMで掛かり続けた。深夜のラジオで「ラルクの最新は…」と紹介される定番の場所にいた曲。
2000年7月26日リリース、5thシングル。倉木麻衣のブレイク期の重要シングル。
宇多田ヒカルと並べて語られた、ハスキーな歌声の新人。「Stay by my side」のサビが、AMラジオの深夜枠から、CD屋の店内放送まで、秋を通じて流れていた。BIG BAND期の倉木麻衣を象徴する曲。
2000年7月19日リリース。JITTERIN'JINNの1990年曲を女子高生バンドがカバー。
JITTERIN'JINNの原曲を知らない若者にとっては、Whiteberry版が「夏祭り」のオリジナル。夏の終わりから秋の入口まで、文化祭で必ず誰かが演奏していた曲。女子高生バンドという形態自体が新鮮だった。
2000年8月9日リリース。ドラマ『TRICK』主題歌、秋にロングチャートイン。
ピアノ一本と鬼束ちひろの声だけで成立する強度。トリックという深夜ドラマと結びついた印象。10月の夜のラジオで一際刺さる曲だった。
2000年8月30日リリース。日テレ『フードファイト』主題歌、9-10月チャート常駐。
SMAPの定番ラブソングの一つ。草彅剛主演のドラマ『フードファイト』と結びついた印象。秋のカラオケでSMAPコーナーが充実したきっかけの曲。
2000年8月2日リリース。フジ系『あいのり』主題歌、男性2人組ユニット。
アコギ2本と男声2人のシンプルな構成。学園ドラマ・恋愛バラエティと相性が良く、秋の文化祭の合唱曲としても再生産された。卒業ソング系の系譜にあった一曲。
2000年8月リリース。デビューアルバム『Hybrid Theory』(同年10月24日)からの第1弾シングル。
アメリカのロックバンドLinkin Parkがリリースしたデビューシングル。2000年10月発売のデビューアルバム『Hybrid Theory』は全世界で2700万枚超を売り上げた21世紀最大級のロックアルバムとなり、秋から冬にかけて世界的なブレイクが始まった。日本ではアルバムが2001年1月に発売された。
2000年12月13日リリース、12thシングル。加護亜依・辻希美ら4期が加わって初の曲。
11月のテレビ番組で先行披露されていた頃。新メンバー2人がカメラに抜かれる場面、ファンの間でざわつくセンター位置。年末の歌番組ラッシュの予感がする秋の終わり。
2000年9月15日〜10月1日、日本選手団は史上最多タイの金5個を獲得。
20世紀最後のオリンピック。開催地との時差はわずか2時間(五輪に合わせて現地のサマータイムが前倒しされ、シドニーが日本の2時間先)で、決勝の多くが日本の朝から夜に収まった。時差に苦しまず**リアルタイムで観られた珍しい五輪**だった。柔道の田村亮子、女子マラソンの高橋尚子、競泳の千葉すず。テレビをつければ五輪、出勤前にスポーツ新聞、というリズムだった秋。
2000年9月1日に避難指示、9月2日から避難開始。帰島まで4年半を要した。
テレビに映った白い噴煙、ガスマスク姿の住民、空っぽになった港。秋のニュースで何度も流れた映像。学校ごと島外に移った子どもたち、ペットを連れて出る人。災害のスケール感を改めて突きつけられた秋。
2000年7月12日に民事再生申請、グループ21社・負債1.87兆円。秋に整理が加速。
デパート文化の象徴の一つが、こうも呆気なく倒れるのか。地元の駅前のそごうが閉まるという話題が、全国各地の秋に同時多発で起きていた。バブル後の総決算が小売の世界にも来た、と誰もが感じた季節。
2000年6月発覚、被害者13,420人。秋に経営問題化、赤字決算が次々発表された。
夏に発覚した低脂肪乳の食中毒。秋には謝罪会見・社長交代・株価下落と、ブランドが一気に崩れていく様子が連日報道された。冷蔵庫を開けるたび、雪印のロゴから一瞬目を逸らす自分がいた秋。
2000年10月6日13時30分、マグニチュード7.3、最大震度6強。
阪神大震災以来の大型内陸地震。日野町・境港で家屋倒壊が相次いだ。それでも死者ゼロという結果に「これは奇跡」と当時は言われた。テレビの地震速報のテロップに、また震度6強の文字が並ぶ午後だった。
2000年11月24日施行。前年の桶川ストーカー殺人事件が立法の引き金。
「ストーカー」という言葉自体は90年代後半から使われていたが、法律としてようやく定義された秋。被害者が警察に届け出る、という新しい流れが生まれた瞬間。社会の関心と立法のスピードに、まだ追いついていない感覚もあった。
2000年11月7日投票。フロリダ州の僅差で再集計争い、最高裁判決まで5週間。
選挙の翌日に当確が出ない、というアメリカの大統領選。テレビが連日「フロリダ」「再集計」「ハンギング・チャド」を伝え続けた。最後は最高裁が再集計停止を決定し、ブッシュが537票差で勝利。民主主義の脆さを見た秋だった。
2000年12月1日11時、BSデジタル放送開始。秋は電器店の特設コーナーが拡大した時期。
ハイビジョン、データ放送、双方向。電器店の店頭でデモが流れ、家電雑誌が特集を組んでいた秋。チューナーは10万円超え、まだ買う気にはなれないが、テレビが変わるという予感だけは満ちていた。
1997年から続く特番、2000年秋は山田勝己ら常連が定着した時期。
深夜の放送が翌週には会社の話題になる、あの感覚。剃刀・反り立つ壁・サーモンラダー。出演者の本業も注目された。「ミスターSASUKE」山田勝己の悲願達成と挫折のドラマが、秋のお茶の間に届いていた。
2000年10月9日〜12月18日放送、フジ月9。平均視聴率26.4%。
CAの神野桜子が金持ち探しに奔走するラブコメ。松嶋菜々子の毒舌と、堤真一演じる魚屋・欧介との掛け合い。月曜21時を心待ちにする金曜・土曜の会話。主題歌が街中で繰り返し流れていた秋。
2000年10月2日〜2001年3月31日放送。京都映画界を舞台にした戦後復興期の物語。
朝ドラの新作が始まる10月。岡本綾、賀来千香子、津川雅彦。映画黄金期へのオマージュ。朝食を食べながら、テレビをつけたまま家を出る、そんな日常のBGMだった秋。
2000年10月16日放送開始、日本テレビ系・月曜19:00枠。
『らんま1/2』『うる星やつら』の高橋留美子が戦国時代を舞台にした和風アクション。少年サンデーの巻頭カラーで連載中だった大作のテレビ化。月曜の夕食時のBGMとして家に流れていた秋。
2000年12月16日公開、深作欣二監督、R-15指定。中学生同士の殺し合いを描いた衝撃作。
国会で取り上げられ、R-15指定、ビートたけし出演。秋のうちから雑誌・テレビ・ネット掲示板で議論が燃えた。観るか観ないかで派閥が分かれるような、そんな空気の秋。深作欣二の遺作級の物議作品。
2000年7月19日発行、九州・沖縄サミット記念。秋にはまだ珍しがられた。
首里城の朱礼門が描かれた2000円札。新札の話題性で銀行のATMから出てきたときの、ちょっとした事件感。レジで出すと店員が一瞬手を止める、そんな秋。結局、定着しないまま今に至る紙幣の最初の数ヶ月だった。
1998-99がピーク、2000年秋には渋谷センター街でも数が目に見えて減っていた。
黒い肌、白いアイメイク、奇抜なヘアアレンジ。社会現象になったあのスタイルが、ちょうど秋から急速にトーンダウンした。次に来るのは「お姉系」「エビちゃんOL」。10代後半の女の子のメイクが秋から冬にかけて静かに切り替わっていく境目。
1990年代後半に席巻したルーズソックスが、2000年秋頃から紺ハイソに置き換わり始めた。
制服のスカート丈・ソックスの長さ・髪型。校門前で見るシルエットが、秋から少しずつ変わっていった。お姉さんの服を真似しはじめた感覚。ルーズ・厚底・茶髪の90年代後半が、紺ハイ・ローファー・黒髪の2000年代へ。
2000年7月放送開始、テレビ東京。秋にぬいぐるみ・文具・お菓子のタイアップが一気に拡大。
小学生女子の必須アイテムから、OLのデスク上のぬいぐるみまで。可愛さが世代を超えた珍しいキャラ。コンビニのレジ横にハム太郎チョコ、文具売場にハム太郎ノート。家中がオレンジ色だった、そんな家もあった秋。
2000年9月24日、2時間23分14秒で優勝。日本女子陸上界初の五輪金メダル。
ラストの坂をサングラスを投げ捨てて駆け上がる姿。小出監督と抱き合う場面。「Qちゃん」という愛称が一気に国民の言葉になった。月曜の朝、会社中の誰もが同じ話題で出社した、そんな秋だった。
2000年9月16日、女子48kg級で悲願の金。「最高でも金、最低でも金」を有言実行。
バルセロナ・アトランタで2大会連続銀。やわらちゃんの愛称で長く国民を待たせていた金。開始36秒の内股一本勝ち、跳びはねながらの何度ものガッツポーズ、顔をくしゃくしゃにした涙。表彰式では金メダルに2度キス。「初恋の人とやっと巡り合えた気持ち。初恋メダルですね」のコメント。
2000年1月にペルージャからローマへ移籍。2000-01シーズンでスクデット獲得へ。
日本人が、ローマ、セリエA、スクデット争い。深夜のスカパー!中継で中田を追う秋。背番号、ピッチに立つ時間、出場停止。彼の起用がそのまま日本サッカー界の議論になっていた季節。
2000年10月21日〜28日、巨人vsダイエー。巨人が2連敗から4連勝で日本一、MVP松井秀喜。
長嶋茂雄監督と王貞治監督、二人の名前を冠した「ON決戦」。巨人V9時代を共に支えたONが、20世紀最後の日本シリーズで監督として相まみえた夢の対決。テレビ中継のテロップ「ON対決」の文字。秋の野球の最後の特別な瞬間が、東京ドームに集まっていた。
2000年11月、ポスティング制度でマリナーズが落札。翌年からMLB挑戦。
オリックス時代の最後の秋。日本人野手は通用するのか、議論が分かれていた時期。スポーツ紙の見出しは連日「イチロー移籍」「契約金」。年が明ければアメリカに渡る男の、最後の日本での秋だった。
2000年新語・流行語大賞で「IT革命」が年間大賞。森首相の「イット」発音も伝説に。
米Nasdaqは3月にクラッシュ済みだったが、日本では「IT」という言葉だけが秋にかけて浸透。森喜朗首相が「イット」と読んだエピソード。ITベンチャー、ヒルズ族の予兆。秋の経済誌の表紙に並ぶ「IT」の二文字。
2000年3月4日発売・39,800円・初週98万台。秋にはDVDソフトと併売される存在に。
ゲーム機が初めてDVD再生機を兼ねた時代の入口。家電量販店の売り場でPS2とDVDソフトが並ぶ。映画好きが「とりあえずPS2を買う」という選択をした秋。コントローラの感触と、立ち上がりロゴの青い光。
1999年2月開始、2000年8月に1,500万、年末には1,800万を超える勢い。
電車の中で誰もが小さな画面を見ている景色が、見慣れた光景になった秋。絵文字、メール、着メロ、待ち受け。10円メール、パケ代の話題。「i」とつけば若い世代に売れる、という時代の風だった。
2000年秋はYahoo!BB登場(2001年9月)前。家庭は ISDN とテレホーダイ(23時〜8時定額)が主流。
23時になるとモデムの音が家から響く、テレホタイム。週末はチャットや掲示板に明け方まで張りつく。常時接続という言葉だけが先行していて、まだ電話線をつなぎ替える日常。秋の夜長とインターネットの相性は意外に良かった。
2000年11月発売、シャープ/J-Phone。世界初のカメラ付き量産携帯電話。
「写メ」という言葉が日常語になる前夜。11万画素のカメラで撮って、メールに添付して送る。新しさを通り越して「これはなんだ?」という反応のほうが多かった秋。撮ったその場で送れる、という感覚を初めて手にした人たちの興奮。
2000年7月7日発売、PS。原点回帰のファンタジーRPG、累計売上530万本。
FF7・8のSF寄りから一転、剣と魔法のファンタジーへ回帰。ジタン、ビビ、ガーネット。深夜のテレビ画面に映る世界マップ。週末は朝から晩までコントローラを握る、そんな秋の過ごし方が普通だった。
2000年2月に100店、3月末で117店。同年に九州・東北・中国地方初出店。
「タリーズかスタバか」の選択肢が地方都市にも届きはじめた秋。緑のロゴ、紙コップを持ち歩く新しさ、フラペチーノという飲み物。喫煙席のないカフェ、という当時の革新性。秋から冬のショートラテが定番化していった季節。
2000年前後の流行。台湾発のタピオカミルクティーが、デザートメニューに加わり始めた。
ナタデココ、パンナコッタ、ティラミスと続いた90年代スイーツ系譜の最終形。タピオカは「黒い」「ストローで吸う」「噛むと面白い」食感の新しさ。雑誌の特集記事に登場し始めた、まだ第1次の頃の秋。
日本コカ・コーラの缶コーヒー「ジョージア」は2000年8月26日に坂本九「明日があるさ」を起用したCMを開始し、9月16日放送の第3弾からウルフルズのカバー版に変わって秋も話題を集め続けた。
ダウンタウンをはじめとする吉本芸人が出演し、坂本九の懐かしい曲がリバイバルヒットするという当時としては異例の現象を生んだCMシリーズ。8月末に始まったこのシリーズは9月にウルフルズ版へ切り替わり、秋の間もオフィスや職場を舞台にしたコントのような展開が続いて社会現象と呼ばれるほどの反響になった。
2000年秋冬、ユニクロはフリースを51色に拡大し、テレビCMを大量展開。この秋冬シーズンに2600万枚という驚異的な売上を記録した。
1900円のフリースが50色以上ずらりと並ぶ売り場と、レーンで流れてくるカラフルなフリースをナレーションも音楽もなしに映すCMが話題になった。街を歩けば同じユニクロのフリースとすれ違う「フリースかぶり」も冗談の種になるほどで、「ユニクロといえばフリース」の認識が決定的になった秋だった。2000年10月にはユニクロのオンラインストアも誕生している。
ここに並べたのは、2000年秋に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。
2000年 秋を聴く