倉木麻衣『Love, Day After Tomorrow』、90年代最後のミリオン
1999年12月8日リリースのデビューシングル。累計138.5万枚で、1990年代に発売された最後のミリオンセラーシングルとなった。
デビュー直後から着実にチャートを上昇させ最高2位に到達。宇多田ヒカルに続く次世代R&Bシンガーとして注目を集めた。世紀末の最後に登場し、新しい時代の歌姫の予感をまとっていた。
WINTER · 1999
平成11年 · 12・1・2月 · 全 23 件
20世紀最後の年越しを前に『2000年問題(Y2K)』への緊張と、ミレニアムカウントダウンの高揚が同居した世紀末の冬。サザンオールスターズ『TSUNAMI』が293万枚の怪物ヒットになり、Mr.Children『口笛』・L'Arc~en~Ciel『NEO UNIVERSE/finale』・B'z『今夜月の見える丘に』・浜崎あゆみ『Fly high』が年明けのチャートを彩った。モーニング娘。『LOVEマシーン』が年末の紅白を沸かせ、倉木麻衣がデビュー曲を90年代最後のミリオンに。海外ではブリトニー・スピアーズ、シェールが世界を席巻。木村拓哉主演『ビューティフルライフ』が高視聴率を記録し、映画『マトリックス』が話題を呼び、プレイステーション2発売前夜の熱狂が高まった冬。
この季節を、シンヤの声で聴く1999年12月8日リリースのデビューシングル。累計138.5万枚で、1990年代に発売された最後のミリオンセラーシングルとなった。
デビュー直後から着実にチャートを上昇させ最高2位に到達。宇多田ヒカルに続く次世代R&Bシンガーとして注目を集めた。世紀末の最後に登場し、新しい時代の歌姫の予感をまとっていた。
1999年9月9日リリース。累計164万枚でモーニング娘。歴代最大のヒット。年末の第50回NHK紅白歌合戦でも歌われ、1999年末を席巻した。
つんく♂プロデュース。『日本の未来は世界がうらやむ』と明るく歌い上げ、不況の閉塞感と対照的に機能して社会現象になった。1999年末はこの曲の最大全盛期で、年末年始のテレビ・カラオケを席巻した。
1999年9月15日リリースのデビューシングル。有線でのロングヒットで年末年始も流れ続け、累計73.6万枚。当時15歳とは思えない圧倒的な歌唱力が話題になった。
中学生離れした声量と表現力でデビューし、有線放送のヘビーローテーションが口コミを広げた。発売から数ヶ月経った冬になっても店頭やカラオケで流れ続け、『声量系の新人』として強い印象を残した。
1998年末から1999年にかけて世界的に大ヒット。ボーカルにオートチューンを意図的なエフェクトとして使った先駆けで、『シェール・エフェクト』と呼ばれた。23カ国で1位。
当時52歳のシェールが、打ち込み系のダンスポップで世界的に復活を遂げた。ロボットのように加工された声の変化が新鮮で、『テクノロジーと音楽の融合』として話題に。1990年代末のダンスミュージックブームを象徴し、日本でもMTVやラジオで頻繁にかかった。
2000年1月26日リリースの44thシングル。累計293万枚はオリコン歴代屈指の大ヒットで、2000年年間1位。第42回日本レコード大賞を受賞した。
1999年末の番組内でお披露目され、年越しの空気の中で広まった。桑田佳祐が『全然売れないと思った』と振り返るほどシンプルなラブソングが、世紀末の閉塞感の中で多くの人の心に染みた。デビュー22年目で初のレコード大賞受賞となった。
2000年1月13日リリース。ノンタイアップながら初週32.7万枚、累計72.4万枚のヒット。サザン『TSUNAMI』の約2週間前にリリースされた。
タイアップなしでも大ヒットしたミスチルの底力を示す一曲。穏やかで優しいメロディが、新しいミレニアムの始まりの空気に寄り添った。2000年の幕開けを彩った1月のシングル。
2000年1月19日リリースのダブルA面シングル。オリコン初登場1位、累計110万枚超のミリオン。『NEO UNIVERSE』は資生堂CM、『finale』は映画『リング0 バースデイ』主題歌。
1998年から続く絶頂期のラルクが、新しい世紀の幕開けに送り出したミリオンシングル。きらびやかな『NEO UNIVERSE』と、映画主題歌の『finale』という2つの世界観を1枚に詰め込んだ。
ブリトニー・スピアーズのデビューシングル。全世界1000万枚超の大ヒット。高校の廊下で踊るセーラー服姿のMVが世界的アイコンとなり、1999年に日本でも爆発的な認知度を得た。
制服とセクシーさを掛け合わせたMVの映像が衝撃を与え、新しいポップアイコンが誕生した。テレビやMTVでMVが頻繁にオンエアされ、1999年から2000年にかけての音楽シーンに欠かせない存在になった。
2000年2月9日リリースの27thシングル。TBS日曜劇場『ビューティフルライフ』主題歌。初動67万枚、累計112万枚超のミリオン。
最高視聴率41.3%を記録した木村拓哉・常盤貴子主演の大人気ドラマの主題歌として、同時期に大ヒット。B'z初のマキシシングル(12cm)形式でもあった。冬の終わりのラブバラードとして記憶される。
2000年2月9日リリースの13thシングル。LYCOSのCMイメージソング。アルバム『LOVEppears』(1999年11月)の爆発的ヒットを背景に、浜崎あゆみが絶頂期を迎えていた。
1999年末から2000年にかけて、浜崎あゆみは『平成の歌姫』『エイベックスの顔』として定着した。アルバム『LOVEppears』はダブルミリオンを超え、ファッションリーダーとしても若い女性に絶大な影響を与えた。
1999年12月31日放送。節目の第50回で、2000年カウントダウンを翌深夜に控えた特別な大みそかだった。モーニング娘。『LOVEマシーン』、郷ひろみ『GOLDFINGER'99』などが出場。
世紀をまたぐ特別な紅白として注目を集めた。司会は中村勘九郎と久保純子。2000年を迎える高揚感の中、世代を超えた出演陣が大みそかの茶の間を彩った。20世紀最後の紅白歌合戦だった。
2000年1月16日〜3月26日放送のTBS日曜劇場。木村拓哉・常盤貴子主演。最高視聴率41.3%、平均32.3%という伝説的な数字を記録した。
車椅子の女性と美容師のラブストーリーを、北川悦吏子の脚本で描いた。木村拓哉ドラマの全盛期を象徴する作品で、主題歌のB'z『今夜月の見える丘に』とともに2000年初頭の冬を彩った。社会的な反響も大きかった。
2000年1月9日放送開始のNHK大河ドラマ第39作。徳川家康(津川雅彦)・秀忠(西田敏行)・家光の三代を描く。関ヶ原合戦シーンに大規模な製作費をかけた大作。
豊臣秀吉の死後から江戸幕府の確立までを豪華キャストで描いた。新しいミレニアムの幕開けを飾る大河として、関ヶ原の合戦シーンには大規模なエキストラを投入。2000年最初の日曜の夜を彩った。
1999年9月11日日本公開。ウォシャウスキー監督、キアヌ・リーブス主演。時間が止まって視点が回転する『バレットタイム』が映像革命と話題に。年末から2000年にかけてDVD・ビデオでも話題を席巻した。
それまでの映画にはなかった映像体験と、『現実とは何か』という哲学的なテーマが話題に。秋の公開後も口コミで広がり、年末にはレンタルビデオ店でも人気を集めた。世紀末の空気にぴったりの一本だった。
1999年12月31日、世界各地でミレニアムカウントダウンイベントが開催。日本でも各地でライブやイベントが行われ、『20世紀最後の年越し』として空前の盛り上がりを見せた。
『2000年を迎える』という特別な高揚感が世界を包んだ。インターネットのライブ中継が複数行われ、各地でカウントダウンライブが開催された。新しい千年紀へ、という気分が街にあふれた、忘れられない年末だった。
1998〜2000年にかけて、渋谷を中心に『ガングロ』『ヤマンバ』と呼ばれる超個性的なメイク・ファッションが全盛に。日焼けした黒い肌に白いアイシャドウ、金髪・銀髪が特徴。
コギャルからガングロ、ヤマンバへと進化したギャル文化が、1999年末に全盛を迎えた。渋谷109周辺でストリートスナップを撮られることを競い、ギャル雑誌に載るのがステータスだった。世紀末の、強烈な個性の文化だった。
J.K.ローリング著、松岡佑子訳『ハリー・ポッターと賢者の石』の日本語版が1999年12月に静山社から発売。英国での世界的ヒット作が、ついに日本に上陸した。
英国では1997年から大ヒットしていたファンタジー小説が日本語訳で登場。1999年末の時点ではまだ知る人ぞ知る存在だったが、後に社会現象となるシリーズの、日本での始まりだった。クリスマスシーズンの書店に、静かに並んでいた。
1999年の新語・流行語大賞は『リベンジ』(松坂大輔)、『雑草魂』(上原浩治)、『ブッチホン』(小渕恵三首相)が大賞を受賞した。
『リベンジ』は西武の松坂大輔の言葉から、『雑草魂』は巨人の新人・上原浩治から生まれた野球の流行語。『ブッチホン』は小渕首相が市民に直接電話をかけた行為から。1999年の年末の空気を象徴する言葉たちだった。
1999年12月31日深夜、コンピュータが『2000年』を『1900年』と誤認識するとされ、世界規模で対策が講じられた。日本でも鉄道・電力・通信が徹夜で監視したが、実際の被害は軽微に終わった。
テレビは特番を組み、世紀末のカウントダウンを2000年問題と一体で報道。JRは年越し時点で列車を最寄り駅に停車させるなど厳戒態勢を敷いた。『最悪の事態』への緊張と、何も起きなかった拍子抜けが、同居した世紀末の夜だった。
NTTドコモが1999年2月にiモードを開始。携帯電話でウェブやメールが使える画期的サービスで、176種類の絵文字も誕生。1999年末には加入者が急増していた。
開始から半年で100万契約に達し、ポケベル文化からiモードメールへのシフトが加速した。絵文字や着信メロディのダウンロードが若者の間で広まり、携帯電話が『電話』から『手のひらの情報端末』へ変わり始めた冬だった。
ソニーのプレイステーション2(PS2)は2000年3月4日発売(39,800円)。2000年2月に予約受付が始まり、サーバーがダウンするほどアクセスが殺到した。
PS2はゲーム機でありながらDVD再生機能を内蔵し、『安価なDVDプレーヤーとしても買う』層も現れた。1999年秋の正式発表後、年末から購入希望者が急増し、発売前から大きな期待が高まっていた。新しい時代のゲーム機への熱狂だった。
皮をむいた栗のポケット菓子「甘栗むいちゃいました」が2000年2月、全国の量販店・コンビニ・駅売店で一斉発売され、爆発的ヒットとなった。
1998年11月にJR駅のキヨスクでテスト発売され、1999年3月には静岡県限定テスト販売で供給が追いつかないほどの人気となった。この反響を受け2000年2月に全国のコンビニ・量販店・駅売店で一斉発売を開始。むく手間のかかる天津甘栗のイメージを覆し、いつでも手軽に食べられる剥き甘栗として広がった。2001年には年間88億円を売り上げるヒット商品となった。
日清食品のカップヌードルが1999年から展開したCMシリーズ「20世紀カップヌードル」。永瀬正敏がベルリンの壁崩壊やジョン・レノンなど20世紀の出来事・人物とデジタル合成で共演し、王貞治編は2000年1月1日に放送された。
コピーは「20世紀の歴史に偉大なる1ページ。20世紀カップヌードル。21世紀品質へ」。永瀬正敏が狂言回しとなり、ベルリンの壁崩壊(1989年)、ジョン・レノン(1971年)、ゴルバチョフ書記長就任(1985年)など20世紀の象徴的場面に居合わせてカップヌードルを食べる構成。王貞治編は2000年1月1日に放送された。世紀の変わり目という節目を商品訴求に重ねた企画で、当時普及し始めたデジタル合成技術が使われた。
ここに並べたのは、1999年冬に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。
1999年 冬を聴く