Hanson『MMMBop』、海外の10代兄弟の夏ヒット
1997年に全米Hot 100で3週連続1位。オクラホマ出身の10代兄弟3人組の代表曲。日本でも夏にかけてMTV・FMで大量にオンエアされた。
甘い顔立ちと軽快なポップサウンドで、世界中の10代を中心に人気を集めた。KinKi Kidsと同年デビュー組という巡り合わせも語り草。1997年夏の洋楽ポップを代表する爽やかな一曲。
SUMMER · 1997
平成9年 · 6・7・8月 · 全 25 件
KinKi Kids『硝子の少年』がデビューで社会現象となり、GLAY『HOWEVER』が初のミリオンで国民的バンドへ駆け上がった。安室奈美恵『CAN YOU CELEBRATE?』が年間1位を走り続け、B'z『Calling』・華原朋美・反町隆史 with Richie Sambora『Forever』・SPEEDが夏のチャートを彩った。映画は宮崎駿『もののけ姫』が興行収入193億円の社会現象に。香港が中国へ返還され、たまごっちは品切れの大ブーム、フジロック第1回は台風直撃の伝説になった。ドラマ『ビーチボーイズ』が湘南の夏を、甲子園では智弁和歌山が初優勝した夏。海外ではHanson『MMMBop』、Jamiroquai『Virtual Insanity』がMTVを賑わせた。
この季節を、シンヤの声で聴く1997年に全米Hot 100で3週連続1位。オクラホマ出身の10代兄弟3人組の代表曲。日本でも夏にかけてMTV・FMで大量にオンエアされた。
甘い顔立ちと軽快なポップサウンドで、世界中の10代を中心に人気を集めた。KinKi Kidsと同年デビュー組という巡り合わせも語り草。1997年夏の洋楽ポップを代表する爽やかな一曲。
1997年7月21日リリースのデビューシングル。作詞・松本隆、作曲・山下達郎。初週から1位、累計179万枚。以降の全シングル連続1位記録の起点。
堂本光一・堂本剛のデュオが、デビュー前から武道館公演を行うなど異例の人気を背景に登場。デビュー日が社会的な話題になり、トップクリエイター起用の重厚な歌謡曲が夏のチャートを席巻した。
1997年7月9日リリースの22ndシングル。B'z通算14枚目のミリオンセラーで累計102万枚。
稲葉浩志(いなばこうし)と松本孝弘のユニットが、夏のツアーとあわせて人気絶頂だった時期の一曲。3月の『FIREBALL』に続き、コンスタントにミリオンを積み上げていた。
1997年7月2日リリースの7thシングル。小室哲哉プロデュース。オリコン初登場1位。
前作『Hate tell a lie』の勢いそのままにリリースされた夏の一曲。小室ファミリーの人気が最高潮だった1997年夏を象徴するアーティストのひとり、華原朋美の輝いていた時期の作品。
1997年7月30日リリース。フジテレビ月9『ビーチボーイズ』主題歌。ボン・ジョヴィのリッチー・サンボラがギターとコーラスで参加した、反町隆史の歌手デビュー曲。
月9ドラマで人気急騰中だった反町を後押しした一曲。海外ロックスターとのコラボが話題を呼び、同年のNHK紅白歌合戦にも初出場。夏の湘南の空気とともに記憶される曲になった。
1997年8月6日リリース。TBS系ドラマ『略奪愛・アブない女』主題歌。GLAY初のミリオンセラーで累計134万枚。
北海道函館出身の4人組が全国区の人気を確立した一曲。スケール感のあるバラードがドラマと響き合い、夏から秋にかけてロングヒットになった。GLAY全盛期の幕開けを告げた曲。
1997年8月のMTV Video Music Awardsで4部門を受賞(Video of the Year含む)。動く床のトリック映像のMVが世界的話題となり、日本のMTV世代に強く刺さった。
ファンクとアシッドジャズを融合したサウンドが新鮮で、ジェイ・ケイが静止したまま床が動くMVの演出が衝撃を与えた。1997年夏の終わりから秋にかけて、日本の音楽好きの間で話題になった一曲。
1997年1月29日リリースの15thシングル。TBS系ドラマ『メロディ』主題歌でオリコン初登場1位。スピッツは1997年夏に自主フェス『ロックロックこんにちは!』を開催した。
『ロビンソン』『チェリー』で全国区となったスピッツが安定したヒットを続けていた時期。1997年夏には野外ライブを開催し、夏フェス文化の黎明期を担った。透明感のある草野マサムネの歌声が夏に映えた。
1997年2月19日リリース。累計229万枚で当時のオリコン女性ソロ歴代1位、1997年年間1位。夏になっても街中で流れ続けた。
小室哲哉プロデュースの絶頂期に放ったウェディングソング。1997年10月に安室がSAMとの結婚・妊娠を発表し、産休へ。アムラーブームの象徴として、夏の街にこの曲が響いていた。
1997年5月21日リリースのミニシングル。オリコン1位。沖縄出身、平均年齢15歳の4人組SPEEDが1997年夏にかけて爆発的な人気を得た。
『Body & Soul』に続くヒットで、SPEED現象が夏に最高潮を迎えた。アッパーなダンスナンバーが夏の開放感に合い、10代を中心に支持を集めた。歌って踊れる少女グループの先駆けだった。
1997年4月1日、消費税が3%から5%へ引き上げられた。引き上げ前の駆け込み需要と、その後の反動減が起き、夏の消費にも節約志向が漂った。
引き上げ前の春に大型家電や車の駆け込み需要が起き、その後は反動減が顕著に。夏のボーナス商戦でも財布の紐が固く、『レシートの合計が高くなった』という感覚が日常に漂っていた。
1997年7月1日午前0時、香港が英国から中国へ返還された。155年間の英国統治が終わり、『一国二制度』が始まった。
日本でもNHKなどが長時間の生中継を行い、深夜にもかかわらず多くの人が見守った。花火と英国国旗の降下のシーンは翌日のニュースで繰り返された。世紀末に向かう時代の、歴史的な節目だった。
1997年7月26日、富士山麓・天神山スキー場で日本初の本格野外ロックフェスとして開幕。台風直撃により2日目は中止となる『伝説のサバイバルフェス』に。
ヘッドライナーはレッド・ホット・チリ・ペッパーズ。泥まみれで決行された初日は、後にロックフェス文化の聖地となる苗場移転前の原点として語り継がれている。日本の夏フェス文化が産声を上げた瞬間だった。
1997年4月1日にテレビ東京系で放送開始したアニメ『ポケットモンスター』が、夏にかけて視聴率を上げ人気拡大。最高18.6%を記録した。
1996年発売のゲームボーイ用ソフトのアニメ化。サトシとピカチュウのコンビが毎週冒険する物語で、小学生を中心に熱狂的な支持を得た。子どもたちの夏の楽しみとして定着していった時期。
1997年7月7日〜9月22日放送のフジテレビ月9。反町隆史・竹野内豊のW主演。平均視聴率23.7%、最高26.5%。
都会の男2人が湘南の民宿に流れ着く青春ドラマ。サーフィン・夏・友情というキーワードが1997年の夏を象徴した。反町の出世作となり、竹野内豊の名も全国区に。主題歌『Forever』とともに記憶される。
渡辺淳一の小説『失楽園』がドラマ・映画化され、1997年に大ブーム。『失楽園(する)』が同年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた。
日本経済新聞の連載小説として先に話題になり、大人の恋愛を描いた作品として社会現象に。関連商品も登場するほど浸透した。世紀末の少し気だるい空気の中で、大人たちの間で語られた言葉だった。
1997年7月12日公開。宮崎駿監督・スタジオジブリ作品。興行収入193億円(当時)で日本映画歴代1位を記録、観客動員1420万人。
室町時代を舞台に、自然と人間の共存をテーマにした壮大な物語。『生きろ。』というキャッチコピーが街を埋め尽くし、夏休みの映画興行を席巻した。社会現象と呼べる規模のヒットになった。
バンダイが1996年11月に発売した携帯型育成ゲームが1997年に社会現象化。入荷待ちの行列・品切れが続き、夏には大ブームのピークを迎えた。
入荷情報が出ると行列ができ、レアな色をめぐって偽物まで出回った。会社でこっそり育てる大人も続出。海外でも人気を集め、卵型の小さな機械が、1997年の夏を象徴する『遊び』になった。
1997年、渋谷109を発信基地とするコギャル・ギャル文化が最高潮に。ルーズソックス・茶髪・厚底ブーツが女子高生の定番スタイルになった。
SHIBUYA109(マルキュー)で人気ブランドが支持を集め、コギャル・アムラーが複合した独自の女子高生文化を形成。プリクラや援助交際という言葉とともに、当時の若者文化を語るキーワードになった。
1997年8月、第79回全国高校野球選手権大会で智弁和歌山が決勝で平安を6-3で破り初優勝。高嶋仁監督率いるチームの頂点だった。
高嶋仁監督はスパルタ指導で知られ、猛練習が後に語り継がれた。強打の智弁和歌山が、夏の甲子園で頂点に立った。真夏の甲子園、汗と土埃の中の球児たちの姿が、1997年の夏の風景だった。
1997年の新語・流行語大賞は年間大賞が『失楽園(する)』。トップテンに、みうらじゅん発の『マイブーム』も入った。
『マイブーム』は『自分の中で今これが流行っている』という意味で、その後も長く使われる定番語になった。女子高生の間では『チョベリバ』などのコギャル語も飛び交い、世代ごとの言葉が賑やかだった夏。
シャープが小型・軽量PDA「パワーザウルス」シリーズを発表し、1997年6月23日にモデム内蔵モデル「MI-506」を発売した。
重量約280gと軽く、FAXやデータ通信ができるモデムを内蔵し、パソコンと連携するソフトも付属した「電子手帳の進化形」だった。実勢価格は13万円ほどで、ビジネスパーソンやガジェット好きの鞄の中に収まる存在だった。同年度のグッドデザイン賞も受賞している。
1997年8月23日、NINTENDO64向けに発売。英国映画『GoldenEye』が原作、開発はレア社。世界累計809万本を売り上げた。
FPS(一人称視点シューティング)というジャンルを一般に広めた歴史的タイトル。特に画面を4分割した友人との対戦モードが、夏休みの定番になった。ゲームの『映画的体験』を日本に示した先駆けだった。
モスバーガーが1997年7月、「新価値宣言」の一環として特別栽培農産物「モスの生野菜」を全店導入し、新商品「フレッシュバーガー」を発売した。
生野菜を前面に押し出したメニュー展開や、店内での野菜情報ボードの設置など、「安全な食」を訴求する企業姿勢の転換点となった商品だった。フレッシュバーガーは後に「サウザン野菜バーガー」、現在の「モス野菜バーガー」へと改称されながら続いており、当時のファストフードの食卓に上る日常の一品だった。
安室奈美恵の10thシングル「How to be a Girl」(1997年5月21日発売)が、ヘアケア・ボディケアブランド「シーブリーズ」のCMソングに起用され、1997年夏のテレビCMとして放映された。
シーブリーズは1960年に日本上陸した、夏の定番の清涼感訴求ボディケア・ヘアケアブランド。当時「アムラー」ブームの絶頂にあった安室奈美恵の、小室哲哉プロデュースによる楽曲が、ブランドのクールなイメージと結びつき、10代・20代の夏の記憶に残るタイアップとなった。
ここに並べたのは、1997年夏に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。
1997年 夏を聴く