12月
安室奈美恵『Chase the Chance』、初オリコン1位の136万枚
1995年12月4日リリース、安室奈美恵単独名義4thシングル。累計約136万枚、安室として初のオリコン週間1位獲得。
SUPER MONKEY'S時代を経て、ソロ移行後の小室哲哉プロデュース第4弾でついに頂点へ。前作『太陽のSEASON』『Body Feels EXIT』とユーロビート系の路線を続けて加速し、年末にもう一段ギアを上げてこの曲がチャートを取った。冬の街・カラオケ・テレビCMでこの曲が鳴り続け、安室奈美恵の名前が完全に時代のアイコンになる入口の1枚。アムラーという言葉が広がり始める数ヶ月前のタイミングだった。
12月
山下達郎『クリスマス・イブ』、JR東海『クリスマス・エクスプレス』で冬の定番
1983年12月14日リリース、山下達郎の冬の定番。JR東海『クリスマス・エクスプレス』CMタイアップで1989年にオリコン1位、1991年1月ミリオン突破。1995年冬時点でも有線・FMの絶対的定番曲。
JR東海『クリスマス・エクスプレス』は1989年から1992年まで制作され、深津絵里・牧瀬里穂などが遠距離恋愛のヒロインを演じた伝説的CMシリーズ。1995年冬の時点で、このCM自体は既にレギュラー放送終了していたが、山下達郎のクリスマス・イブは12月のテレビ・カラオケ・街頭・スーパーマーケット・コンビニで永久ループのように鳴り続ける完全定着の状態だった。後にオリコンチャートで30年以上連続トップ100入りという前人未到記録を打ち立てる曲。
12月
PRINCESS PRINCESS『The Last Princess』、最後のオリジナルアルバム
1995年12月13日リリース、PRINCESS PRINCESS最後のオリジナルアルバム。解散発表後の最終作で、岸谷香・中山加奈子らの5人で活動を締めくくる位置の作品。
1995年に解散を発表していたPRINCESS PRINCESSが、冬に出した最後のオリジナルアルバム。『Diamonds』『M』『世界でいちばん熱い夏』の80年代後半から90年代前半の女性バンドの代表として、最後のメッセージを込めた一枚だった。翌1996年5月31日の日本武道館『The Last Live』に向けて、ファンが冬の間に聴き続けた終止符のアルバム。
12月
DREAMS COME TRUE『LOVE LOVE LOVE/嵐が来る』、冬まで残った夏のNo.1
1995年7月24日リリース、DREAMS COME TRUE 18thシングル。フジテレビ系ドラマ『愛していると言ってくれ』主題歌、累計約249万枚で1995年年間1位。
豊川悦司・常盤貴子の月9ドラマと結びついた夏のNo.1ヒットが、年末年始のチャート・有線でもまだ強い余韻で鳴り続けていた冬。吉田美和の透き通った声と中村正人のアレンジが、冬のシーンでも『LOVE LOVE LOVE』の歌詞の親密さがそのまま機能した。年末の音楽特番・カラオケでも常連曲で、1995年の音楽年間ベストの締めくくりを担う1曲だった。
12月
Mr.Children『シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜』、夏から冬まで街で鳴り続けた
1995年8月10日リリース、Mr.Children 9thシングル。8月のオリコン週間1位を経て、累計約181万枚。売上・印税は阪神・淡路大震災義援金に充当。
8月のリリースから冬まで街・有線・カラオケで残り続けたミリオンセラー。スキップするリズムと跳ねるホーンのアレンジが、夏のドライブから冬の忘年会まで違和感なく繋がった。震災義援金として売上が充当された社会的メッセージとともに、Mr.Childrenが90年代の絶対的バンドであることを確認させた1曲。冬は次の『名もなき詩』に向けた期待が高まる時期だった。
12月
スピッツ『ロビンソン』、4月発売から冬を越えて1996年にミリオン突破
1995年4月5日リリース、スピッツ11thシングル。シングル発売から年末を超えて、翌1996年初めにミリオン突破。累計約162万枚。
春の発売時は最高4位の地味なスタートから、夏・秋・冬と通年で売れ続けて、年明けにミリオンセラーに到達するというロングセラーの典型例。冬のあいだもFM・有線・カラオケで定位置を保ち、忘年会・新年会のカラオケでも歌われ続けた。草野マサムネの透明な声が、震災・サリンの一年を通して日本の音風景の底に流れていた1曲。
12月
安室奈美恵『Body Feels EXIT』、秋から冬への助走曲
1995年10月25日リリース、avex移籍後初のシングルで小室哲哉プロデュース第一弾。オリコン最高3位・累計約88万枚。12月の『Chase the Chance』に繋がるユーロビート路線の起点。
10月のリリース後にチャートを駆け上がり、12月の『Chase the Chance』の地ならしとなった曲。小室哲哉プロデュースのユーロビートサウンドで、ソロアーティスト・安室奈美恵の輪郭が完全に出来上がるまでの3ヶ月。冬のFM・MTV・カラオケでこの2曲が交互に流れ続け、ティーンエイジャーから20代女性までを巻き込んでいった。
12月
シャ乱Q『いいわけ』、夏のブレイクから冬まで残った関西ロック
1995年8月9日リリース、シャ乱Q 8thシングル。前作『ズルい女』に続くヒットで累計約120万枚、累計でシャ乱Qを国民的バンドへ押し上げた。
つんくの歌唱と作詞作曲、はたけのアレンジで、関西ロックバンドが完全に全国区になった夏の延長として冬まで残った。ブルース調のサビが、冬のスナック・忘年会の二次会・タクシーの中・カラオケのトリで歌い続けられた。「言い訳ばかりだね 君と話してると」のサビが、95年12月の繁華街の風景に刺さっていた曲。
12月
B'z『LOVE PHANTOM』、秋から冬まで聴こえ続けた稲葉のサビ
1995年10月11日リリース、B'z 18thシングル。テレビアニメ『神秘の世界エルハザード』第2期エンディングテーマ、累計約190万枚。
秋の終わりから冬の入口にかけてオリコンを支配したB'zの代表曲のひとつ。松本孝弘の重いギターリフと稲葉浩志の高音シャウトが、冬のFM・有線で繰り返された。B'zは1995年に『ねがい』『LOVE PHANTOM』と立て続けにミリオンを取り、年末のレコ大・紅白の議論でも常連だった年。冬のカラオケで男性が高音を絞り出す姿は、95年から96年にかけての風物詩。
12月
TRF『BRAND NEW TOMORROW』、秋リリースで冬の年末カラオケに
1995年10月16日リリース、TRF 11thシングル。前作群と同じく小室哲哉プロデュース、TRF5作連続ミリオンの流れの中の一曲。
TRFの黄金期最終盤で、SAMの振付・YU-KIのボーカル・小室哲哉プロデュースの三位一体が、年末カラオケと新年会の定番として機能した冬。『EZ DO DANCE』『survival dAnce』『BOY MEETS GIRL』『Overnight Sensation』に続く5作連続ミリオンの後半に位置し、年末の歌番組・忘年会DJイベントで必ず1回はかかる曲だった。1996年以降のTRFは少し勢いが落ちるので、これが冬の最後の頂点。
12月
中島みゆき『旅人のうた』、年末まで残った『家なき子2』主題歌
1995年5月19日リリース、中島みゆき32ndシングル。日本テレビ系ドラマ『家なき子2』主題歌、累計約153万枚。
夏のドラマ放送終了後も、中島みゆきの独特の低音と『泥に汚れた服を脱ぎ捨てるように』の歌い出しが、冬のFM夜の時間帯で繰り返された。25周年を超えていたベテランの中島みゆきが、ドラマ主題歌で90年代J-POP女性ボーカルの上位に再びチャートを取りに行った曲。冬の長距離ドライブ・夜行バス・FMで定位置を持っていた。
12月
WANDS『世界が終るまでは…』、94年末から丸1年経った冬
1994年12月10日リリース、WANDS 7thシングル。テレビアニメ『スラムダンク』エンディングテーマ、累計約197万枚。発売から1年が経過した1995年冬時点でもなお有線・カラオケで定位置。
前年クリスマス前にリリースされて、震災・サリン・春・夏・秋・と日本を通り抜けて、また年末年始に戻ってきた異例のロングヒット。スラムダンクのアニメ自体は1996年3月で放送終了するため、冬のテレビ朝日の土曜夕方にこのEDが流れる時間も残りわずかという空気もあった。湘北メンバーが歩く後ろ姿の映像とともに、90年代後半までずっと残り続けた。
12月
Mr.Children『Tomorrow never knows』、丸1年経った冬もチャート常連
1994年11月10日リリース、Mr.Children 6thシングル。累計約276万枚、Mr.Children最大の売上で90年代年間1位の代表曲。
前年秋にリリースされて、95年の春・夏・秋・冬と1年通してカラオケ・有線・FMで鳴り続けたロングヒットの極北。年末の音楽特番では『今年の代表曲』として何度も取り上げられ、紅白歌合戦でもMr.Childrenが出場した。冬のスキー場・温泉宿のラウンジ・忘年会の二次会、すべての場面でこの曲のイントロが流れた。
12月
Mariah Carey & Boyz II Men『One Sweet Day』、16週連続1位の歴史的記録
1995年11月14日リリース。ビルボードHot 100で1995年12月2日から1996年3月16日まで16週連続1位の歴代記録樹立(2017年Despacitoまで単独保持)。
Mariah Careyの『Daydream』からのシングルでBoyz II Menとのコラボ。前作『Fantasy』の8週1位に続いて、世界中のラジオ局がこの曲を流し続けた冬。日本でもFM-J Wave・FM東京の夜の番組で必ず1回はかかる曲だった。R&Bコーラスとマライアの高音域が組み合わさった、95年から96年にかけての洋楽の絶対的中心。
12月
The Beatles『Free as a Bird』、25年ぶりの新曲リリース
1995年12月4日リリース、The Beatlesの実質的な新曲。ジョン・レノンが残した1977年のデモテープに、ポール・マッカートニー・ジョージ・ハリスン・リンゴ・スターが新たな演奏を加えた歴史的1曲。
1970年のビートルズ解散から25年、ジョン・レノンの死から15年。世界中の音楽ファンが『ありえない』と思っていた『新曲』が冬に届いた事件。アンソロジーシリーズと連動したリリースで、日本のFM・テレビでも繰り返し特集が組まれた。94年から95年にかけて世界の音楽ジャーナリズムが追いかけ続けた『ビートルズ復活』プロジェクトの結実点として、ポップミュージック史の1ページを冬に追加した。
12月
Whitney Houston『Exhale (Shoop Shoop)』、冬の入口のNo.1
1995年10月24日リリース、映画『Waiting to Exhale』主題歌。ビルボードHot 100で11月25日から12月の1週間連続1位、Whitneyの10曲目のNo.1。
Whitney Houston主演のフォレスト・ウィテカー監督の映画『Waiting to Exhale』のテーマソング。それまでのバラード路線から少しR&B寄りに振った曲で、12月の冬のFMで毎晩のように流れた。Whitney Houston・Mariah Carey・Janet Jackson・TLCといった90年代R&Bの女性アーティストが頂点に居続けたシーズンの代表曲。
12月
Coolio feat. L.V.『Gangsta's Paradise』、年末まで街で鳴り続けた
1995年8月1日リリース、Coolio『Gangsta's Paradise』からのシングル。ビルボードHot 100で9月-10月に3週連続1位、年間チャートで1位。
映画『Dangerous Minds』(危険な遊び)のテーマソング。Stevie Wonder『Pastime Paradise』をサンプリングしたメランコリックなビートと、Coolioの低音ラップが世界中で大ヒット。秋の1位から冬まで世界中のラジオ・MTV・クラブで鳴り続けた。日本のHIP-HOP・R&Bリスナーにとって95年の冬の象徴的な1曲で、夜のクラブで必ずかかる定番。
12月
TRF『Happening Here』、人気絶頂期の年末に出たダンスチューン
1995年12月11日リリース、12thシングル。オリコン最高3位、累計約25万枚。
小室哲哉プロデュースで時代のダンスシーンを引っ張っていたTRFの、年末のシングル。東京ドームでのコンサートも行うなど人気絶頂にあった時期で、クリスマス商戦に合わせて投入されたダンスナンバー。
12月
WANDS『Same Side』、NBAのCMに乗った年末の週間2位
1995年12月4日リリース、10thシングル。オリコン週間2位、累計約23万枚。NBA関連のCMソング。
『世界が終るまでは…』で大ヒットを飛ばしたWANDSが、年末に放ったシングル。バスケットボール人気が高まっていた時期に、NBAのCMタイアップで届けられた、ビーイング系のロックナンバー。
12月
観月ありさ『Don't be shy』、人気絶頂期に届いた冬のアイドルポップ
1995年12月1日リリース、10thシングル。イタリアのポップスを日本語でカバーした作品。
ドラマや映画で時代の顔だった観月ありさが、女優業と並行して出していた冬のシングル。海外のポップスを日本語でカバーするスタイルで、アイドル全盛期の華やかさをそのまま音にしたような1曲。
12月
Take That『Back for Good』、解散へ向かう英国の国民的バンドの名バラード
1995年リリース、UKシングルチャート1位・ビルボードHot 100最高7位。日本でも洋楽チャートの年間上位に入り、年末まで流れ続けた。
ゲイリー・バーロウが書いた切ないバラードで、世界中のチャートを制したTake Thatの代表曲。日本でもボーイバンド人気の追い風を受けて長くラジオで流れ、グループが解散へ向かう中で事実上のラストアンセムとして記憶された。
12月
The Cardigans『Carnival』、本国より日本で愛されたスウェディッシュ・ポップ
1995年リリース。J-WAVEの1995年間ランキングで上位に入るなど、本国以上に日本で突出した人気を誇った。アルバム『Life』は日本でヒットした。
スウェーデンのバンドが、本国より先に日本でブレイクした象徴的な1曲。ニーナ・パーションの可憐な歌声とレトロで甘いメロディが、日本のFMで繰り返し流れ、深夜ラジオのBGMとしても親しまれた。翌年の『Lovefool』での世界的ブレイクの入口になった。
1月
globe『DEPARTURES』、1月1日リリースで228万枚の冬の極点
1996年1月1日リリース、globe 4thシングル。累計約228万枚、JR東日本『JR ski ski』キャンペーンCMタイアップ。globeのキャリア最大の売上シングル。
小室哲哉プロデュース、KEIKOのメインボーカル、マーク・パンサーのラップという3人の形が完全に固まった一枚。1月1日リリースは音楽業界としても異例で、正月のラジオ・有線・カラオケで一気に火がついた。雪国へ向かう新幹線・スキー場・スノーボードショップで延々と鳴り続け、後に『冬の代表曲』として小室哲哉の最高傑作と呼ばれる曲になった。KEIKOは小室哲哉主催のオーディションから1年でこの座にたどり着いた。
1月
ZARD『マイ フレンド』、『SLAM DUNK』のエンディングで歌われた164万枚
1996年1月8日リリース、15thシングル。オリコン週間1位、累計約164万枚。日本テレビ系アニメ『SLAM DUNK』エンディングテーマ。
バスケットボール人気の絶頂と重なって大ヒットした、ZARD最大のシングル。坂井泉水の伸びやかな歌声が『SLAM DUNK』のエンディングで毎週流れ、年明けのチャートのトップを走った。アニメ世代の記憶に深く刻まれた1曲。
1月
スピッツ『空も飛べるはず』、『白線流し』とともに再ヒットした148万枚
1994年の曲が、1996年1月にフジテレビ系ドラマ『白線流し』主題歌として再発売され、オリコン週間1位・累計約148万枚に。
もともと1994年に出ていた曲が、1996年冬の青春ドラマ『白線流し』の主題歌に起用されて全国的な大ヒットになった。草野マサムネの透き通った声と切ないメロディが、卒業の季節の空気と重なり、スピッツ最大のシングルになった。
1月
FIELD OF VIEW『DAN DAN 心魅かれてく』、『ドラゴンボールGT』の主題歌
1996年1月リリース、シングル。テレビアニメ『ドラゴンボールGT』オープニングテーマで、ビーイング系FIELD OF VIEWのミリオンヒット。
国民的アニメ『ドラゴンボール』の新シリーズGTのオープニングとして、世代を問わず親しまれた1曲。ビーイング系らしい爽やかでドラマチックなサウンドが、年明けのお茶の間に流れ続けた。後にカバーや配信で何度も蘇る定番曲になっていく。
1月
内田有紀『幸せになりたい』、広瀬香美が書いた冬ドラマの主題歌
1996年1月24日リリース、シングル。オリコン最高6位。TBS系ドラマ『キャンパスノート』主題歌で、広瀬香美が作曲・編曲。
女優として人気だった内田有紀が歌手としても活動していた時期の、冬のシングル。『ゲレンデがとけるほど恋したい』の広瀬香美が手がけ、スキーシーズンの空気をまとった爽やかなポップとして親しまれた。
1月
George Michael『Jesus to a Child』、亡き人へ捧げた6分の鎮魂歌
1996年1月リリース、UKシングルチャート1位・ビルボードHot 100最高7位。アルバム『Older』のリードシングル。
亡くした大切な人への想いを込めて書かれた、6分を超える静かな大作バラード。リリースと同時に英国チャートの頂点に立ち、年明けの深夜のFMで冬の定番曲として流れた。ジョージ・マイケルの円熟を示した1曲。
1月
Babylon Zoo『Spaceman』、リーバイスのCMから生まれた衝撃の英国1位
1996年1月リリース、UKシングルチャート初登場1位(5週連続)。リーバイスのCMに使われ、発売初週に当時の記録的な売上を記録した。
1995年末のリーバイスのジーンズのCMで流れて火がつき、年明けに爆発的なヒットになったテクノとロックを融合させた1曲。独特のスペーシーな音像が話題を呼び、日本のFMやMTVでも流れた、1996年初頭を象徴する洋楽。
2月
Mr.Children『名もなき詩』、初週121万枚の史上初記録
1996年2月5日リリース、Mr.Children 10thシングル。フジテレビ系ドラマ『ピュア』主題歌。初週約120万枚は当時のオリコン史上初の単独週間100万枚超え、累計約231万枚。
前作『シーソーゲーム』からほぼ半年ぶりのシングルで、ドラマ『ピュア』の和久井映見・所ジョージとともに2月の冬の終わりに登場。「あるがままの心で 生きられぬ弱さを 噛みしめ ながら」のオープニングは、桜井和寿のソングライターとしての到達点を象徴する。CDの初週単独ミリオン突破は当時のオリコン史上初めての記録で、Mr.Childrenが90年代J-POPの中心であることを完全に確定させた1曲。
2月
JUDY AND MARY『そばかす』、『るろうに剣心』OPで取ったバンド初の1位
1996年2月19日リリース、シングル。オリコン週間1位(バンド初)、累計約103万枚。フジテレビ系アニメ『るろうに剣心』オープニングテーマ。
YUKIのキュートで力強いボーカルで人気を広げていたJUDY AND MARYが、アニメ『るろうに剣心』のオープニングで初のオリコン1位・ミリオンを達成した1曲。バンドが世代を超えて愛される存在になった、ブレイクの決定打。
2月
X JAPAN『DAHLIA』、ハードロックが頂点に立った週間1位
1996年2月26日リリース、13thシングル。オリコン週間1位。同名アルバムの先行シングル。
ヘヴィメタル/ハードロックを軸とするX JAPANが、メインストリームのチャートで週間1位を取った1曲。激しさと美しさを併せ持つサウンドが、90年代の日本のロックの隆盛を象徴していた。同日発売の大黒摩季『あぁ』との一騎打ちも話題になった。
2月
THE YELLOW MONKEY『JAM』、バンド史上最大のヒットになった1曲
1996年2月29日リリース、9thシングル。オリコン最高6位、累計約60万枚で、バンドのシングル最高売上を記録した。
妖艶なロックンロールで支持を広げたイエモンが、バンド史上最大のヒットにした1曲。吉井和哉が『バンドの国歌』と語るこの曲は、ニュースを見つめる視点を歌った歌詞とともに、聴く者の胸に深く残った。ロックがJ-POPのど真ん中に立った瞬間。
2月
V6『MADE IN JAPAN』、バレンタイン当日に出たグループ初の1位
1996年2月14日(バレンタインデー)リリース、2ndシングル。オリコン週間1位(グループ初)、累計約46万枚。
デビュー曲『MUSIC FOR THE PEOPLE』に続くV6の2枚目。バレンタインデー当日というリリース戦略も話題になり、グループとして初の週間1位を取った。新世代のジャニーズが定着していく、その勢いを示した1曲。
2月
華原朋美『save your dream』、時代の歌姫になっていく冬のシングル
1996年初頭リリース、シングル。小室哲哉プロデュース。『I BELIEVE』に続くヒットで、華原朋美が時代の歌姫として駆け上がっていた時期の1曲。
小室哲哉プロデュースで一気にスターになった華原朋美が、ブレイクの勢いそのままに届けた冬のシングル。TKサウンドが日本中を席巻していた時期で、彼女のクリアな歌声が年明けのチャートを彩った。
2月
大黒摩季『あぁ』、『味いちもんめII』の主題歌で週間2位
1996年2月26日リリース、13thシングル。オリコン週間2位(1位はX JAPAN『DAHLIA』)。テレビ朝日系ドラマ『味いちもんめII・京都編』主題歌。
『ら・ら・ら』の『味いちもんめ』に続き、その続編『味いちもんめII』の主題歌として書き下ろされた大黒摩季のパワフルなナンバー。X JAPANの『DAHLIA』と同日発売の激戦の中で週間2位を記録した。
2月
岡本真夜『FOREVER』、『TOMORROW』に続くプラチナヒット
1996年2月12日リリース、2ndシングル。オリコン最高4位。映画・ドラマのタイアップを持ち、日本レコード協会プラチナ認定。
デビュー曲『TOMORROW』が177万枚の大ヒットになった岡本真夜の、続く2枚目のシングル。シンガーソングライターらしい温かいメロディで、前作の勢いを受けて冬のチャート上位に入った。
2月
SMAP『胸さわぎを頼むよ』、カネボウのCMから流れた週間2位
1996年2月2日リリース、20thシングル。オリコン週間2位、累計約50万枚。カネボウの春夏キャンペーンのCMソング。
『俺たちに明日はある』で初登場1位を取ったSMAPが、続いてカネボウの化粧品CMに乗せて届けた1曲。バラエティ『SMAP×SMAP』が始まり、国民的グループへと駆け上がっていく時期のヒット。
2月
hitomi『Sexy』、TBCのCMから初のトップ10入り
1996年2月28日リリース、5thシングル。オリコン初のトップ10入り、累計約31万枚。TBC(東京ビューティーセンター)のCMソング。
avexの女性シンガーhitomiが、エステのCMタイアップで初めてトップ10に入った1曲。小室サウンド全盛のavexの勢いの中で、彼女がアーティストとしての地位を固めていった時期の作品。