AUTUMN · 1995

1995の記録

平成7年 · 9・10・11月 · 全 60

震災・地下鉄事件を経た日本が『次の何か』を必要としていた時期。Windowsの行列、深夜アニメの衝撃、ミリオンセラーの洪水、沖縄の抗議、プリクラとポケベルが同時代に走っていた三ヶ月。

この季節を、シンヤの声で聴く

Music · 音楽40

9

華原朋美『keep yourself alive』、小室プロデュースのデビュー曲

1995年9月8日リリース、デビューシングル。日本オラクルのCMソング。オリコンに長くランクインしたロングセラー。

『I BELIEVE』でブレイクする華原朋美の、その直前のデビュー曲。小室哲哉が立ち上げたレーベルの第1弾で、ここから二人三脚の快進撃が始まる。その出発点になった秋のシングル。

9

THE YELLOW MONKEY『太陽が燃えている』、初のトップ10入りを果たした突破口

1995年9月30日リリース、8thシングル。テレビ朝日系『Jリーグ アゴーゴー!!』オープニングテーマで、バンド初のオリコン週間トップ10入りを記録した。

妖艶でロックンロールなスタイルで支持を広げていたイエモンが、Jリーグ番組のタイアップで初めてトップ10に入った1曲。この後の国民的ブレイクへの足がかりになった、秋の突破口。

10

高橋洋子『残酷な天使のテーゼ』、エヴァとともに時代に刻まれた主題歌

1995年10月25日リリース。TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』オープニングテーマ。放送後もエヴァブームとともに売れ続け、累計150万枚超のロングセラーになった。

1995年10月に放送が始まった『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニングとして流れた1曲。社会現象になった作品とともに記憶に刻まれ、その後も繰り返しチャートに戻り、カラオケの定番として歌い継がれていく、アニメソングの枠を超えた代表曲。

10

安室奈美恵『Body Feels EXIT』、小室プロデュース第1弾のダンスチューン

1995年10月25日リリース。小室哲哉プロデュースによる安室奈美恵ソロのシングルで、タイトーの通信カラオケ『X-55』CMソング。約88万枚。

avexへ移籍した安室奈美恵を小室哲哉がプロデュースした、TKサウンド全開のダンスチューン。ここから安室の社会現象的なブレイクが本格的に始まり、『Chase the Chance』へと続いていく、その号砲になった1曲。

10

華原朋美『I BELIEVE』、Mステ初出演から火がついたミリオン

1995年10月11日リリース、2ndシングル。オリコン最高4位、累計約100万枚のミリオンセラー。小室哲哉プロデュース。

小室哲哉プロデュースで一気に時代の歌姫になっていく華原朋美の、ブレイクのきっかけになった1曲。10月のミュージックステーション初出演で注目を集め、約3か月でミリオンに到達。TKサウンド全盛を象徴するヒット。

10

福山雅治『Message/今このひとときが遠い夢のように』、3作連続1位の秋

1995年10月2日リリース、11thシングル。オリコン1位(3作連続)、累計約94万枚。映画『バースデイプレゼント』主題歌・挿入歌。

『HELLO』からの勢いそのままに、3作連続のオリコン1位を取った福山雅治の秋のシングル。映画のタイアップも乗り、俳優と歌手の両輪で時代の顔になっていた時期の代表作。

10

布袋寅泰『スリル』、深夜のカウントダウンを切り裂いたギター

1995年10月18日リリース、ソロシングル。オリコン1位、累計約70万枚。TBS系『COUNT DOWN TV』のオープニングテーマ。

BOØWY解散後、ソロのギタリストとして独自の地位を築いた布袋寅泰の代表曲のひとつ。鋭いギターリフが『COUNT DOWN TV』のオープニングで毎週流れ、深夜のテレビの記憶と結びついた1曲。

10

globe『Joy to the love』、トヨタのCMから初の1位を取ったTKサウンド

1995年9月27日リリース、2ndシングル。オリコン週間1位、累計約95万枚。トヨタ自動車『サイノス』のCMソング。

小室哲哉・KEIKO・マーク・パンサーのglobeが、トヨタのCMに乗せて初のオリコン1位を取った1曲。デビューの勢いをそのままに、TKサウンドが秋のチャートを席巻していたことを示す代表作。

10

DREAMS COME TRUE『ROMANCE/家へ帰ろ』、ドラマに寄り添った両A面

1995年10月30日リリース、19thシングル(両A面)。オリコン週間1位。TBS系ドラマ『長男の嫁2』主題歌・挿入歌。

『LOVE LOVE LOVE』で年間1位を取った直後のドリカムが、TBSのドラマに寄り添って届けた両A面シングル。吉田美和の歌声が、秋のチャートの頂点に立った1曲。

10

JUDY AND MARY『ドキドキ』、YUKIの声が弾けるポップロック

1995年10月21日リリース、8thシングル。NHK『POP JAM』オープニングテーマ、日清食品のCMソング。

YUKIのキュートで力強いボーカルで人気を広げていたJUDY AND MARYの秋のシングル。NHKの音楽番組とCMに同時に乗り、バンドが茶の間にも届く存在になっていった時期の1曲。

10

Janet Jackson『Runaway』、女性初の快挙を記録した秋のダンスポップ

1995年秋にビルボードHot 100最高3位。ベスト盤『Design of a Decade 1986/1996』からのリードシングル。

ジャネット・ジャクソンが、女性アーティストとして史上初めてHot 100にトップ10デビューを果たした快活なダンスポップ。日本でもMTVやFMでよく流れ、秋の洋楽シーンを彩った。

10

Madonna『You'll See』、強さを歌い上げたバラードベスト盤の核

1995年10月23日リリース、ビルボードHot 100最高6位。バラード集『Something to Remember』からのシングルで、日本でもプロモーションされた。

ダンサブルなイメージとは違う、力強いバラードを集めたアルバムからのシングル。年末にかけて日本のFMやMTVでよく流れ、マドンナのもう一つの表情を見せた秋の1曲。

10

Oasis『Wonderwall』、ブリットポップが世界に届いた瞬間

1995年10月30日リリース。アルバム『(What's the Story) Morning Glory?』からのシングルで、米モダンロックチャートで長期1位を記録した。

イギリスのブリットポップ旋風を象徴するオアシスの代表曲。発売直後から世界的に広がり、日本のFMや音楽番組でも取り上げられて、90年代後半の洋楽シーンを語るうえで欠かせない1曲になった。

10

Celine Dion『To Love You More』、日本のドラマから生まれたオリコン1位

1995年10月21日に日本先行で発売。フジテレビ系ドラマ『誘惑』主題歌として、オリコンで5週連続1位・累計約150万枚を記録した。

葉加瀬太郎のヴァイオリンをフィーチャーし、日本のドラマ主題歌として書き下ろされたセリーヌ・ディオンのバラード。海外アーティストとしては異例のオリコン1位・ミリオンを記録し、1995年秋を代表する洋楽ヒットになった。

10

Alanis Morissette『Hand in My Pocket』、怒れる世代の代弁者

アルバム『Jagged Little Pill』からのシングル。同アルバムは世界的な大ヒットになり、米モダンロックチャートで1位を記録した。

1995年に世界を席巻したアルバム『Jagged Little Pill』からのシングル。むき出しの感情をぶつけるようなオルタナティブロックが、MTV世代の若者に強く刺さり、秋にかけて日本でも知名度を上げた。

10

Green Day『When I Come Around』、パンク・リバイバルの定番曲

アルバム『Dookie』からのシングル。米モダンロックチャートで長期1位を記録し、1995年を通じてパンク・リバイバルを牽引した。

アルバム『Dookie』の世界的ヒットでパンクを再びお茶の間まで届けたグリーン・デイの1曲。『Basket Case』とともに、1995年のFMやMTVでよく流れ、日本の若者にも刺さった。

10

Hootie & the Blowfish『Let Her Cry』、アメリカン・ロックの温もり

1995年にビルボードHot 100最高9位。歴代屈指の売上を記録したアルバム『Cracked Rear View』からのシングルで、翌年グラミー賞を受賞した。

アメリカで爆発的に売れたアルバム『Cracked Rear View』からのシングル。『Hold My Hand』に続いてFMで流れ、温かみのあるルーツロックが、1995年の洋楽ラジオにほっとする時間を作った。

10

L'Arc-en-Ciel『夏の憂鬱 [time to say good-bye]』、ブレイク前夜の耽美なロック

1995年10月21日リリース、メジャー3rdシングル。オリコン最高15位。

翌年からの大ブレイク(『虹』『HONEY』)の前夜、L'Arc-en-Cielがまだ着実にファンを広げていた時期の1曲。ダークで耽美なサウンドが、ヴィジュアル系シーンの中で独自の存在感を放っていた。

10

長渕剛『友よ』、幼なじみへの想いを歌った秋のバラード

1995年10月4日リリース、28thシングル。オリコン最高2位、累計約31万枚。約半年ぶりの活動再開作。

アコースティックギターを基調に、変わらない友情を歌い上げた長渕剛の秋のバラード。約半年ぶりの活動再開作として注目を集め、オリコン2位を記録した。骨太な歌声が、人生の節目に寄り添う1曲。

10

黒夢『BEAMS』、maxellのCMから浮上したヴィジュアル系の突破口

1995年10月13日リリース、5thシングル。オリコン最高6位。maxellのカセットテープのCMソングで、バンド自身がCMに出演した。

清春を中心とした黒夢が、家電のCMタイアップで初のトップ10入りを果たした1曲。ヴィジュアル系がメインストリームへ広がっていく流れの中で、商業的な突破口を開いた秋のシングル。

11

globe『SWEET PAIN』、TDKのCMを染めた小室サウンド

1995年11月1日リリース、3rdシングル。オリコン最高2位、累計約90万枚。TDKのCMソングで、3人がそろってCMに出演した。

『Joy to the love』に続くglobeの3rdシングル。TDKのCMに3人で出演し、TKサウンドが映像とともに浸透していった時期の代表作。秋から年末のチャートを彩った1曲。

11

V6『MUSIC FOR THE PEOPLE』、バレーボール中継とともに走り出したデビュー

1995年11月1日リリース、デビューシングル。オリコン最高3位、累計約53万枚。フジテレビ系『バレーボールワールドカップ1995』イメージソング。

バレーボールのワールドカップに合わせてデビューした6人組V6のデビュー曲。スポーツ中継とともに連日流れ、アイドルグループの新世代の登場を印象づけた秋のシングル。作詞は秋元康。

11

大黒摩季『愛してます』、ドラマに書き下ろした力強いラブソング

1995年11月6日リリース、12thシングル。オリコン最高2位。フジテレビ系ドラマ『妊娠ですよ2』主題歌。

『ら・ら・ら』で頂点に立った大黒摩季が、ドラマのために書き下ろした秋のラブソング。パワフルな歌声で女性の本音を歌うスタイルが定着し、安定したヒットを続けていた時期の1曲。

11

相川七瀬『夢見る少女じゃいられない』、織田哲郎が手がけたパワフルなデビュー

1995年11月8日リリース、デビューシングル。オリコン最高12位、累計約37万枚。織田哲郎プロデュース、日産のCMソング。

織田哲郎のプロデュースで登場した相川七瀬のデビュー曲。ロックなサウンドとシャウト気味のボーカルが新鮮で、女性ロックボーカルの新しい顔として一気に注目された秋のシングル。

11

SMAP『俺たちに明日はある』、木村拓哉とダウンタウン浜田のドラマ主題歌

1995年11月11日リリース、19thシングル。オリコン初登場1位、累計約79万枚。TBS系ドラマ『人生は上々だ』主題歌。

木村拓哉とダウンタウンの浜田雅功がダブル主演した話題のドラマの主題歌として、SMAPが初登場1位を取った1曲。バラエティ『SMAP×SMAP』が始まる直前、国民的グループへ駆け上がっていた時期のヒット。

11

松任谷由実『輪舞曲(ロンド)』、金曜ドラマを彩った大人の恋の歌

1995年11月13日リリース、27thシングル。オリコン最高2位、累計約59万枚。日本テレビ系ドラマ『たたかうお嫁さま』主題歌。

ベテランの貫禄で毎年ヒットを出し続けていたユーミンが、日テレのドラマ主題歌として届けた秋の1曲。大人の恋愛を描いたドラマの世界観と、洗練されたサウンドが重なった。

11

LUNA SEA『DESIRE』、初の東京ドーム公演の前夜に放った週間1位

1995年11月13日リリース、6thシングル。オリコン週間1位、累計約59万枚。約6週間後の12月23日に初の東京ドーム単独公演を控えていた。

ヴィジュアル系シーンの頂点に立とうとしていたLUNA SEAが、初の東京ドーム単独公演の直前に放った週間1位。バンドの最盛期を象徴する、疾走感のあるロックナンバー。

11

竹内まりや『今夜はHearty Party』、KFCのクリスマスCMに木村拓哉が参加

1995年11月20日リリース、25thシングル。オリコン最高3位、累計約40万枚。ケンタッキーフライドチキンのクリスマスキャンペーンCMソング。

ケンタッキーのクリスマスCMのために作られた竹内まりやの1曲。コーラスと間奏のセリフに当時人気絶頂のSMAP木村拓哉が参加し、年末の街の空気そのものをパッケージしたようなパーティーソング。

11

GLAY『生きてく強さ』、大ブレイク前夜のテレ朝テーマ

1995年11月8日リリース、7thシングル。テレビ朝日系の番組オープニングテーマ。TAKURO作詞・作曲。

『HOWEVER』『誘惑』で国民的バンドになる2年前、まだブレイク前のGLAYが出していた1曲。後の大ヒットを思うと、その助走期の手触りが感じられる、メジャー初期の作品。

11

La Bouche『Be My Lover』、フロアを満たしたユーロダンス

1995年にビルボードHot 100最高6位。ドイツ発のユーロダンスグループによるヒットで、アルバムは日本でもヒットした。

Real McCoyらと並んでユーロダンスが世界を覆っていた時期の代表曲。打ち込みのビートと女性ボーカルが、1995年の日本のクラブや有線でも長く流れ続けた、踊れる1曲。

11

FIELD OF VIEW『Last Good-bye』、『世界ふしぎ発見!』を彩ったミリオン

1995年11月13日リリース、3rdシングル。TBS系『世界ふしぎ発見!』エンディングテーマで、累計約122万枚のミリオンセラー。

ZARDと同じビーイング系のFIELD OF VIEWが、夏の『突然』に続いて放ったミリオンヒット。土曜夜のクイズ番組のエンディングとして親しまれ、爽やかなポップバラードが秋から年末のチャートに長く残った。

11

T-BOLAN『愛のために 愛の中で』、深夜番組のエンディングを飾ったバラード

1995年11月20日リリース、14thシングル。オリコン最高2位。テレビ朝日系『トゥナイト2』エンディングテーマ。

ビーイング系のロックバンドとして人気を保っていたT-BOLANが、深夜番組のエンディングに乗せて届けたバラード。森友嵐士の歌声が、夜のテレビの記憶と結びついた秋の1曲。

11

藤井フミヤ『GET UP BOY』、ダイドーのCMから流れた爽快チューン

1995年11月17日リリース、8thソロシングル。ダイドーブレンドコーヒーのCMソングで、本人もCMに出演した。

チェッカーズ解散後、ソロとして活躍していた藤井フミヤの秋のシングル。缶コーヒーのCMに乗った爽快なポップチューンで、ソロアーティストとしての地位を固めていた時期の1曲。

12

ウルフルズ『ガッツだぜ!!』、大阪のバンドが全国区になった起点

1995年12月6日リリース、9thシングル。オリコン最高6位。発売後にじわじわ売れ続け、バンドのブレイクのきっかけになった。

トータス松本のソウルフルな歌声で知られる大阪のウルフルズが、全国区へ駆け上がるきっかけになった1曲。発売後にじわじわ広がり、翌年の『バンザイ』へと続く快進撃の出発点になった、底抜けに明るいナンバー。

12

森高千里『ジン ジン ジングルベル』、サントリーのクリスマスCMソング

1995年12月1日リリース、シングル。サントリーのクリスマスCMソングで、本人もCMに出演した。

自作とセルフプロデュースで独自の地位を築いていた森高千里の、年末に向けたクリスマスポップ。お酒のCMに乗って、12月の街によく似合う軽やかな1曲として流れた。

12

井上陽水『嘘つきダイヤモンド』、『HEY!HEY!HEY!』のエンディングを彩った

1995年12月6日リリース、シングル。フジテレビ系『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』エンディングテーマ。

70年代から第一線を走り続けるシンガーソングライター井上陽水が、当時人気絶頂の音楽番組のエンディングに提供した1曲。円熟した歌声が、年末のテレビの記憶と重なった。

12

広瀬香美『ゲレンデがとけるほど恋したい』、毎冬よみがえるスキー場の定番

1995年12月1日リリース、7thシングル。オリコン最高6位、累計約38万枚。スポーツ用品店アルペンのCMソング。

『ロマンスの神様』に続く、広瀬香美のウィンターソング。アルペンのCMに乗ってスキー場の定番になり、その後も毎冬チャートやゲレンデに戻ってくる、冬の代名詞のような1曲。

12

TOKIO『風になって』、全国高校サッカー選手権のテーマ曲

1995年12月2日リリース、7thシングル。第74回全国高校サッカー選手権大会のテーマ曲。累計約27万枚。

バンド形態のジャニーズとして人気を確立しつつあったTOKIOが、冬の高校サッカーのテーマ曲として届けた1曲。年末年始のスポーツ中継とともに流れ、青春のひたむきさと結びついた。

12

DEEN『LOVE FOREVER/少年』、サッカー番組のエンディングを飾った両A面

1995年12月11日リリース、8thシングル(両A面)。オリコン最高4位、累計約30万枚。TBS系『スーパーサッカー』エンディングテーマ。

ビーイング系のDEENが、サッカー番組のエンディングに乗せて届けた両A面シングル。『このまま君だけを奪い去りたい』などで人気を確立した彼らが、トップ層に定着していた時期の1曲。

12

小沢健二『痛快ウキウキ通り』、渋谷系の王子が年末を躍動させた

1995年12月20日リリース、シングル。累計約28万枚。フリッパーズ・ギター解散後、ソロで全盛期にあった小沢健二の代表曲のひとつ。

フリッパーズ・ギター解散後、ソロとして渋谷系の旗手になっていた小沢健二の、底抜けに楽しいポップソング。この年は連続ヒットを放った彼の全盛期で、年末の街を弾むように彩った1曲。

news · ニュース・出来事2

9

野茂英雄 ナ・リーグ奪三振王を確定、トルネード旋風の秋

9月中旬に奪三振王争いを独走、236個でナ・リーグ1位を確定。アメリカが『NOMO-MANIA』で沸いた秋。

『日本人はメジャーでは通用しない』という日本球界の常識を、たった一人で過去形にした年。朝のニュース番組は毎週、前日のナ・リーグダイジェストから始まった。真夜中に起きてドジャースタジアムの中継を観た人、翌朝のスポーツ紙を一目散に広げた人——野茂の快投は、海の向こう側に自分ごとの視線を持たせた秋だった。ナ・リーグ新人王の受賞は12月。

10

オウム真理教に宗教法人解散命令

10月30日、東京地裁が宗教法人法に基づく解散命令を決定。戦後初の宗教法人強制解散。

3月の地下鉄サリン事件から半年以上、ニュースはずっとオウム一色だった。秋になって『解散』という言葉が出てきたとき、ようやく区切りがついた感覚があった。ただ、教祖や幹部の裁判はこれから何年も続くのだと、その時点では誰もわかっていなかった。

tv · テレビ2

10

新世紀エヴァンゲリオン 放送開始

10月4日、テレビ東京 水曜18:30。夕方アニメの枠で始まった伝説。

最初の数回を観て『なんだこのアニメ』となった人がほとんどだった。主題歌『残酷な天使のテーゼ』は衝撃的にかっこよかったのに、本編は14歳の少年が泣いてばかりいる。でも観るのをやめられなかった。『逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ』と自分に言い聞かせるシンジのモノローグが、教室や職場のどこかで誰かの口癖になっていった秋。

10

ドラマ「未成年」放送開始

10月13日、TBS金曜22時。いしだ壱成・桜井幸子・香取慎吾・反町隆史・浜崎あゆみの青春群像劇。

主題歌はカーペンターズの『Top of the World』。TBSの金10は石井ふく子枠の後、野島伸司が書いた少し暗めの青春ドラマが続いていて、『未成年』もその系譜だった。浜崎あゆみが女優として出ていた時代、と言うと驚く人もいる。

movie · 映画2

9

「アポロ13」日本公開

9月16日日本公開。ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の実話系スペースサスペンス。

『ヒューストン、問題が発生した』のセリフが、この年から本家の言い回しとして通用するようになった。トム・ハンクスは前年『フォレスト・ガンプ』でアカデミー主演男優賞。ちょうど乗りに乗っていた頃の一本で、秋の夜の映画館を静かに満席にしていた。

11

劇場アニメ「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」公開

11月18日公開。押井守監督、士郎正宗原作。後のハリウッドに強烈な影響を与えた日本アニメ。

国内の興行成績はそれほどではなかったのに、翌1996年に米ビルボードのビデオチャートで1位を獲った作品。ウォシャウスキー兄弟(当時)が『マトリックス』を作るときに『これと同じものを実写でやる』と宣言したことで、後年になって評価が逆輸入された。1995年秋、日本の劇場で観ていた人は少数派だった。

trend · 流行・カルチャー5

10

B'z「LOVE PHANTOM」リリース

10月11日リリース。オリコン初登場1位、累計286万枚の怪物ヒット。

イントロのオーケストラと、突き抜けるような稲葉の『止まらない どうしようもない』。カラオケで歌うと絶対に息が続かない高音。ドラマ『Oh!My Girl!!』主題歌だが、ドラマを観ていなくても曲の方が先に耳に入ってきた、そんな秋だった。

10

安室奈美恵『Body Feels EXIT』リリース

10月25日リリース。この曲で小室哲哉プロデュース路線がスタート、アムラー現象の決定打に。

茶髪・細眉・厚底ブーツ・ミニスカートという『アムラー』のテンプレートが、この秋から全国の女子高生に一気に広まった。Mステで歌う安室奈美恵のルーズソックスが揺れるたびに、街のファッションが塗り替えられていった。

10

プリント倶楽部 全国ゲームセンター拡大

7月にアトラス/セガが稼働開始した『プリント倶楽部』が、秋に全国に一気に普及。

女子高生が放課後にゲーセンに寄る理由ができた。16分割の小さなシール写真を手帳に貼ったり、友達と交換したり。SNSがない時代の『自分と友達を記録する装置』。撮った後に『これキモい〜』と言いながらマジックで顔を描き加えるまでがセットだった。

10

ルーズソックス・コギャル文化の全国化

1994年頃に東京の一部で始まったルーズソックスが、この秋から冬にかけて全国の女子高生制服の定番に。

ソックタッチで止めて、くしゃくしゃに下ろす。細眉・茶髪・ルーズソックス・ミニスカート・厚底ブーツ。『コギャル』という言葉は1993年頃からあったが、全国区のファッションになったのはこの秋。渋谷109がメディアに映るたびに、地方の女子高生がカタログとして参照していた。

11

JUDY AND MARY「Over Drive」リリース

11月6日リリース。YUKIのキャラクターとバンドのポップさが完全に噛み合った瞬間。

『今すぐドアを開けて出かけよう』。JAMは1993年デビューだが、全国区になったのはこの曲からという印象が強い。女子が自分のバンドとして持てる存在——カラオケのキーを上げたり下げたり、何度も失敗しながらYUKIの声を真似た秋だった。

sports · スポーツ2

10

プロ野球日本シリーズ ヤクルト vs オリックス

10月21日〜26日、ヤクルト4勝1敗でオリックスを下し日本一。MVPは古田敦也。

パ・リーグは仰木マジックの『がんばろう神戸』オリックス・ブルーウェーブが1月の震災を背負って優勝。日本シリーズはその勢いを止めた野村ヤクルトの老練さが光った6日間だった。イチローは22歳、仰木監督は60歳、あの秋の神戸と大阪ドームの空気を知っている人は少なくない。

11

菊花賞 マヤノトップガン優勝

11月5日、京都競馬場。田原成貴騎乗のマヤノトップガンが快勝、三冠最終戦を制す。

田原成貴の独特な騎乗フォームと、秋の京都の紅葉とターフの色。『トップガン』という名前は映画の余韻もあって、スポーツ新聞の見出しが書きやすかった。この年末の有馬記念でもマヤノトップガンは勝ち、一気にスターホースの階段を駆け上がる秋だった。

slang · 流行語2

10

「逃げちゃダメだ」の流行

エヴァ第壱話(10月4日放送)の碇シンジのモノローグが、職場・学校の口癖に。

本放送時は視聴率7%程度。流行語大賞を獲るような派手な広がり方ではなく、『知っている人はハマっている』というカルト的な広がり方だった。会議で気合を入れるときに『逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ』と冗談で言う上司が現れたのは、もう少し後の話。

10

ポケベル暗号「14106」全盛期

『愛してる』を数字の語呂合わせで送る文化。女子中高生を中心に全国で暗号辞書が流通。

『0833』(おやすみ)、『999』(サンキュー)、『14106』(アイシテル)。家の電話から彼氏・彼女のポケベルに数字を打ち込む時間は、送る側にも受け取る側にも特別な緊張感があった。1996年にはPHSに主役が移り、この文化はわずか数年で消えていく。1995年秋はまさにピークの季節。

tech gadget · モノ・ガジェット2

10

タクティクスオウガ 発売

10月6日、クエストからスーパーファミコンで発売。シミュレーションRPGの金字塔。

松野泰己が手がけた重厚な群像劇。『伝説のオウガバトル』の続編にあたるが、戦闘システムとシナリオの完成度が突き抜けていた。後にPS版・PSP版・リメイク版まで移植され続ける作品だが、1995年秋のSFC版を当時買った人たちが、いまだに『クラス分岐の後悔』を語り続けている。

11

Windows 95 日本語版 発売

11月23日(祝日)深夜0時発売。秋葉原・新宿ソフマップに徹夜の行列。

OSを買いに行ったというより、『インターネットという何か』への入口を手に入れに行っていた行列だった。パッケージは箱売り、フロッピー13枚組かCD-ROM1枚のどちらか。家に帰って一晩かけてインストールして、翌朝スタートボタンを押したとき、多くの人の人生の情報環境がそこから変わっていった。

food · 食べもの1

11

コンビニおでんの秋冬シーズン本格化

セブン-イレブンを中心に、レジ横おでんが『冬の定番』として全国定着していた時期。

バイト先で『おでんのつゆ、継ぎ足してー』と言われて湯気の中で格闘した人も多いはず。大根とたまごを頼むのが定番。深夜にコンビニに入ると湯気の匂いがして、雑誌コーナーで立ち読みしてから帰る——1995年秋の夜の景色のひとつだった。

cm ads · CM・広告2

11

Windows 95 『Start Me Up』広告キャンペーン

ローリング・ストーンズの『Start Me Up』をテーマ曲にした世界規模のマイクロソフト広告攻勢。

Microsoftは『Start』ボタンを前面に出すために、ストーンズに『Start Me Up』の使用権料として数千万ドル(諸説あり)を払ったと言われる。それまでソフトウェアの発売でここまで大規模なTV広告を打ったメーカーはなかった。『OSという概念を知らない人にOSを売る』広告だった。

11

PlayStation「いくぜ、100万台。」キャンペーン

発売1周年に向けて、ソニーが『いくぜ、100万台。』のキャッチコピーで大攻勢をかけた秋。

1994年12月の発売から1年で100万台というのは、当時のゲーム機としては脅威の速度。SFCのドラクエVIが12月9日に控え、セガサターンも反撃態勢にあった中で、ソニーはブランドとしての勢いを広告で演出した。『RPGはSFC、ポリゴンはPS』という棲み分けが始まったのもこの秋。

ここに並べたのは、1995に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。

1995を聴く