3月
松任谷由実『春よ、来い』、震災後の日本が毎朝聴いていた朝ドラ主題歌
1994年10月24日リリース、松任谷由実28thシングル。NHK連続テレビ小説『春よ、来い』主題歌で、1995年春に累計約151万枚に到達するロングヒット。
1994年10月3日から始まった朝ドラ『春よ、来い』の主題歌として、95年の冬と春は毎朝この曲がブラウン管から流れていた。震災の1月17日も、サリン事件の3月20日も、ニュースが切り替わるまでは穏やかなピアノのイントロが日本の朝の風景だった。「淡き光立つ にわか雨」の歌詞と桜の季節が重なって、震災後の慰めとして繰り返し受け止められた1曲。
3月
DEEN『Teenage dream』、3月末リリースの3rdシングル
1995年3月27日リリース、DEEN 3rdシングル。前2作『このまま君だけを奪い去りたい』『翼を広げて』からのヒット路線に続く、春の3枚目。
ビーイング系の本流アーティストとしてZARDと並走していた春。声質が柔らかく、サビが明快なメロディラインで、卒業・新生活のBGMとしてラジオ局のヘビーローテーション枠に入った。DEEN自体は前年7月メジャーデビューで、まだバンドとして上り坂の途中、95年春は『翼を広げて』の余韻も残しながら新譜を出していた時期だった。
3月
TRF『Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜』、3月のレコ大候補
1995年3月8日リリース、TRF 9thシングル。同年の日本レコード大賞受賞、累計約161万枚。TRF 5作連続ミリオンの3作目。
小室哲哉プロデュース全盛期、SAMの振付・YU-KIのボーカルという形が固まりきった一枚。3月のヒットチャートとカラオケランキングをそのまま4月以降のディスコとイベントへ引き継ぎ、年末のレコード大賞まで運んだ。震災の1月、サリンの3月、その合間を縫うように『EZ DO DANCE』『Overnight Sensation』が街頭テレビで延々と流れていた春。
3月
H Jungle with t『WOW WAR TONIGHT』、ダウンタウンと小室が春の社会現象に
1995年3月15日リリース、累計約210万枚、7週連続オリコン1位。フジテレビ系『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』での浜田雅功の一言がきっかけで、本物のシングルへ。
浜田雅功と小室哲哉のユニット。『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』で浜田が小室に半分冗談で頼んだ一言から生まれた曲が、社会現象になった春。3月15日リリース、3月20日に地下鉄サリン事件、4月にはチャート1位を独走、というカレンダーで日本のメディア空気が高速に切り替わっていく。「時には起こせよ ムーヴメント」の歌詞が、当時の春の閉塞感に対する応援歌として受け取られた。
3月
WANDS『世界が終るまでは…』、スラムダンクEDが春までずっと鳴っていた
1994年12月10日リリース、WANDS 7thシングル。テレビアニメ『スラムダンク』エンディングテーマ、累計約197万枚。
上杉昇のハスキーボイスとビーイング系のキラキラしたアレンジが乗った、94年末から95年春までずっとチャート上位にいたロングヒット。土曜夕方のテレビ朝日系『スラムダンク』のエンディングで湘北メンバーが歩く映像と一緒に毎週流れ、94年クリスマス・95年正月・卒業・入学とすべての記念日を一緒に通り抜けた曲。
3月
Mr.Children『Tomorrow never knows』、春までずっと聞こえ続けた94年末のNo.1
1994年11月10日リリース、Mr.Children 6thシングル。累計約276万枚、Mr.Children最大の売上で90年代年間1位の代表曲。
フジテレビ系ドラマ『若者のすべて』主題歌として94年秋に出て、年末年始を超えて95年春までずっとカラオケ・有線・CMで鳴り続けた。震災のニュース映像、卒業式の校内放送、入学式の控え室、引っ越し業者のラジオ、そのすべての場面でこのイントロが流れていた春。新生活と桜と『勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく行くしかない』というフレーズが結びついたのは、ある特定の世代にとって決定的な記憶。
3月
中島みゆき『空と君のあいだに』、家なき子の春の余韻
1994年5月21日リリース、中島みゆき30thシングル。日本テレビ系ドラマ『家なき子』主題歌、累計約192万枚。
前年に社会現象になった『家なき子』の主題歌で、安達祐実の「同情するなら金をくれ」とともに日本中で何度も流れた。94年中の累計が95年に持ち越され、春先までカラオケランキングの常連だった。中島みゆきの低音の入り方と「君のために生きていこうなんて 大それたことは 望んでいないよ」の独特の節回しが、震災後の春のラジオでも違和感なく溶け込んだ。
3月
Mr.Children『innocent world』、94年6月発売・95年春までも残っていた前年代表曲
1994年6月1日リリース、Mr.Children 5thシングル。累計約183万枚、1994年の日本レコード大賞受賞曲。
コカ・コーラのCMタイアップで94年夏から95年春までCMが繰り返し流れていた。『Tomorrow never knows』『es』との3点セットでMr.Childrenが日本のサウンドスケープを完全に掌握していた時期。卒業旅行のレンタカー、カラオケの定番、コンビニのBGM、すべての記憶にこのイントロが入っている世代がいる。
3月
Hootie & the Blowfish『Hold My Hand』、95年春の洋楽ラジオで連呼された
1994年9月リリース。アルバム『Cracked Rear View』からの1stシングルで、ビルボードHot 100最高10位。アルバムは1995年に全米21回プラチナを獲得。
南部出身の4人組ロックバンドが、田舎臭いギターとDarius Ruckerの低音ボーカルで全米のラジオを席巻した。日本でもJ-WAVE・FM東京の昼の番組でずっとかかっていた春で、洋楽専門店のレジ前にもアルバム『Cracked Rear View』が積まれていた。続くシングル『Let Her Cry』『Only Wanna Be With You』もチャート上位入りで、95年は完全にHootieの年だった。
3月
SMAP『KANSHAして』、NTTのCMから初登場1位を取った16thシングル
1995年3月3日リリース、SMAP16thシングル。NTT『テレチョイス』のCMソングで、初週約21万枚・オリコン初登場1位。
アイドルからエンターテイナーへと脱皮していく途中のSMAPが、初登場1位を取った1曲。林田健司の楽曲をカバーしたファンキーなナンバーで、NTT『テレチョイス』のCMで春の街に流れていた。歌でも勢いを増し、彼らが国民的グループへ駆け上がっていく時期のヒット。
3月
THE BOOM『風になりたい』、宮沢和史が作った『日本のサンバ』
1995年3月24日リリース、THE BOOM16thシングル。アルバム『極東サンバ』からのシングルカットで、宮沢和史のサンバへの傾倒から生まれた。
『島唄』で知られるTHE BOOMの宮沢和史が、日本語でサンバをやりたいという思いから作り上げた陽気な1曲。打楽器が鳴り響く祝祭的なアレンジで、テレビ番組やイベントで繰り返し使われ、春から夏にかけて長くチャートに残った。のちにCMや運動会でも定番化していく、明るさの象徴のような曲。
4月
スピッツ『ロビンソン』、4月5日リリースの11thシングル
1995年4月5日リリース、スピッツ11thシングル、累計約162万枚。レコーディングは1月17日の阪神・淡路大震災当日に東京で行われた。
草野マサムネの透明な声と「誰も触れない 二人だけの国」という歌詞が、震災・サリンを経た春の空気にすっと入った1曲。タイトルは草野が以前タイ旅行で印象に残った『ロビンソン百貨店』に由来する仮タイトルがそのまま採用された。シングルとしては最高4位とそれほど派手なスタートではなかったが、夏・秋・冬と街に流れ続けて翌1996年にミリオンを突破した90年代J-POPの定型。
4月
安室奈美恵『太陽のSEASON』、4月26日に安室単独名義1stシングル
1995年4月26日リリース、安室奈美恵単独名義の1stシングル。前作『TRY ME 〜私を信じて〜』のヒットを受けたユーロビート路線第2弾で、VERONICA SALESの『SEASON』のカバー。
SUPER MONKEY'S時代を抜けた安室奈美恵が自分の名前だけでオリコンを駆け上がり始めた春。前年9月の『TRY ME』が約97万枚に到達した余韻のなかで、もう一段ユーロビート寄りに振り切ったこの曲が、夏のディスコ・カラオケ・テレビで繰り返された。秋の『太陽のSEASON』以降『Body Feels EXIT』『Chase the Chance』『Don't wanna cry』とブレイクの加速度がついていく入口の1枚。
4月
TUBE『ゆずれない夏』、4月26日リリースの夏先取りシングル
1995年4月26日リリース、TUBE 27thシングル。前田亘輝・春畑道哉の黄金期にあたる夏ソング系列の1枚で、初夏のラジオ・カラオケで定位置を獲得。
1990年代前半、TUBEの新譜は『今年の夏を決める儀式』として春のうちに発表されるのが当たり前だった。4月26日リリースの『ゆずれない夏』も、その春は教習所・部活・コンビニ・スポーツ用品店で繰り返し流された。震災後の重い空気を切り替える夏BGMの予感として、卒業後すぐの若者の春から夏にかけての時間軸を支配した曲。
4月
Montell Jordan『This Is How We Do It』、95年春の全米No.1になったヒップホップソウル
1995年初頭リリース、1995年4月15日からビルボードHot 100で7週連続1位。モンテル・ジョーダンのデビュー曲で、R&Bチャートでも7週1位。
95年の春に全米No.1を独走したヒップホップソウルのアンセム。重心の低いグルーヴとシンガロングしやすいフックで、クラブからカーステレオまでを満たした。R&B/ヒップホップが完全にメインストリームの音になっていく流れを象徴する、95年春のダンスフロアの代表曲。
5月
シャ乱Q『ズルい女』、5月3日リリースの大ブレイク曲
1995年5月3日リリース、シャ乱Q 7thシングル。累計約160万枚、全国有線大賞グランプリ、日本レコード大賞優秀作品賞・編曲賞。
つんく作詞・作曲、はたけ編曲。それまで関西のロックバンド枠だったシャ乱Qが、ゴールデンウィーク直前のリリースから5月中旬以降に一気に火がついて、夏のチャートを独占する流れに乗った曲。野太いシャウトとブルース調のサビは、Mr.Children・TRF・H Jungle with tといった春の主役群とは別ベクトルで、ロック寄りのカラオケ需要を一気に飲み込んだ。
5月
Mr.Children『【es】〜Theme of es〜』、震災翌日の歌詞会議から生まれた8thシングル
1995年5月10日リリース、Mr.Children 8thシングル。初週約52万枚、累計約157万枚。『CROSS ROAD』から5作連続のミリオンセラー。
ドキュメンタリー映画『【es】 Mr.Children in FILM』の主題歌として制作。先に映像とメロディだけが用意され、歌詞のないまま札幌のレコーディングへ。その前夜に阪神・淡路大震災が発生し、桜井和寿は約10日かけて歌詞を書き上げた。「臆病風に吹かれて 波風が立った世界を 颯爽と渡ってく為に いったい何が必要なんだろう」の問いかけは、95年春の日本そのものに向けられた言葉として受け止められた。
5月
酒井法子『碧いうさぎ』、『星の金貨』とともに春から初夏に響いたバラード
1995年5月10日リリース、酒井法子27thシングル。日本テレビ系ドラマ『星の金貨』主題歌で、オリコン1位・累計約100万枚と自身最大のヒット。
聴覚を失ったヒロインを演じた酒井法子主演の人気ドラマ『星の金貨』の主題歌で、静かなバラードが春から初夏のチャートを長く支配した。アイドルとして親しまれていた彼女の歌手としての代表曲となり、ドラマの切ない物語とともに記憶に残る1曲になった。
5月
My Little Lover『Man & Woman/My Painting』、小林武史が仕掛けた両A面デビュー
1995年5月1日リリース、My Little Loverのデビューシングル(両A面)。小林武史プロデュースで、初動は低かったがロングヒットになった。
Mr.Childrenらを手がける小林武史が中心となって始めたMy Little Loverのデビュー曲。akkoの透明な歌声と作り込まれたサウンドが、発売直後より口コミでじわじわ広がった。この年の夏には『Hello, Again』で大ブレイクし、年末のデビューアルバム『evergreen』は300万枚を超える。その快進撃の出発点になった春のシングル。
1月
Madonna『Take A Bow』、ビルボードHot 100で7週連続1位
1994年12月6日リリース、Madonna『Bedtime Stories』からのシングル。ビルボードHot 100で1995年1月から2月にかけて7週連続1位、Madonnaのキャリア最長首位記録。
Babyfaceとの共作で、それまでのダンスポップからR&Bバラード路線に切り替えた成熟期Madonnaの代表曲。日本でもFMラジオ・MTV Japan・タワーレコードの店頭でずっとかかっていた春で、洋楽好きの大学生・社会人にとっては95年初頭の象徴的な1曲だった。
1月
Boyz II Men『On Bended Knee』、94年末から95年正月のNo.1バラード
1994年11月14日リリース、Boyz II Men 4thシングル。ビルボードHot 100で1994年12月から1995年1月にかけて6週連続1位。
前作『I'll Make Love to You』が14週連続1位を獲得した直後の作品。R&Bコーラスの黄金パターンで、94年クリスマスから95年バレンタインまで日本のラジオ局でも繰り返し流された。FMの夜の番組ではこの曲とMariah Carey、TLCがほぼセットで流れていた。
1月
Mariah Carey『Hero』、月9『For You』主題歌として春に再ヒット
1993年10月19日リリース、Mariah Carey『Music Box』からの2ndシングル。ビルボードHot 100で4週連続1位。日本ではフジテレビ系月9ドラマ『For You』主題歌として95年1月期に再評価。
中山美穂主演の月9ドラマが1月9日から3月20日に放送され、主題歌としてMariah Careyの『Hero』が起用された。震災・サリンと続く重いニュースの夜、月9のエンディングでこの曲のサビが鳴ると、日本中の20代女性が一斉に同じ気持ちになる、というのが95年春のテレビの強度だった。
1月
TRF『CRAZY GONNA CRAZY』、1995年の正月に鳴り続けた小室サウンドの頂点
1995年1月1日リリース、TRF8thシングル。小室哲哉プロデュースの3か月連続リリース第1弾で、累計約158万枚を売り上げTRF最大のヒット・オリコン週間1位。
元日に発売され、1995年の幕開けとともに街のあちこちで鳴っていた小室サウンドの代表曲。この年のTRFはCRAZY GONNA CRAZY・masquerade・Overnight Sensationを毎月連続で投入し、テレビCMからディスコ、カラオケボックスまでがTRF一色だった。avexとTRFが時代の音を決めていた時期の、その勢いを象徴する1曲。
1月
桑田佳祐 & Mr.Children『奇跡の地球』、AAAから生まれた世代を超えた1曲
1995年1月23日リリース。桑田佳祐とMr.Childrenによるエイズ啓発キャンペーン『Act Against AIDS』のチャリティシングルで、累計約172万枚・オリコン週間1位。
サザンの桑田佳祐と、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったMr.Childrenの桜井和寿が並んで歌った、エイズ啓発(AAA)のためのチャリティ企画曲。世代の違う二組が一緒に歌うこと自体が話題になり、95年の年明けのテレビで繰り返し取り上げられた。売上がチャリティに充てられる前提のシングルとしてもミリオンに届いた。
1月
奥田民生『息子』、コカ・コーラのCMから流れた脱力のロックンロール
1995年1月15日リリース、奥田民生3rdソロシングル。コカ・コーラのCMソングに起用され、オリコン最高2位。ニューヨークでレコーディングされた。
ユニコーン解散後、ソロとして自分の音を確かめていた奥田民生が、コカ・コーラのCMに乗せて全国に届けた1曲。肩の力が抜けたロックンロールと、ニューヨーク録音の海外ミュージシャンの演奏が、小室サウンド全盛の95年の中でかえって新鮮に響いた。
1月
安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S『TRY ME 〜私を信じて〜』、ブレイク前夜のユーロビート
1995年1月25日リリース、安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S名義のシングル。ミナミスポーツのCMに起用され、有線とディスコ発で累計約73万枚まで伸びた。
後にソロでブームを巻き起こす安室奈美恵が、まだSUPER MONKEY'Sを率いていた頃のヒット。発売直後は低い順位だったが、ディスコでかかるユーロビートと有線放送のリクエストでじわじわ上昇し、最終的にトップ10入りした。このヒットが、この年の春からのソロ本格化につながっていく出発点になった。
1月
Sheryl Crow『All I Wanna Do』、グラミーを獲った95年の洋楽ラジオの定番
1994年後半リリース、ビルボードHot 100で6週連続2位。1995年のグラミー賞で最優秀レコード賞を受賞し、日本でもプラチナ認定。
気だるい昼下がりのような雰囲気のこの曲は、94年末から95年春にかけて全米と日本の洋楽ラジオを席巻した。95年初頭のグラミー賞で最優秀レコード賞を受賞し、シェリル・クロウは一躍時代を代表するシンガーソングライターになった。カフェやFMから流れる、あの空気感を作った1曲。
1月
Bon Jovi『Always』、ベスト盤『Cross Road』とともに日本を席巻したバラード
1994年リリース、ビルボードHot 100最高4位。ベスト盤『Cross Road』に収録され、同アルバムは日本でボン・ジョヴィ初の1位・110万枚超を記録。
ボン・ジョヴィのベスト盤『Cross Road』とともに、94年末から95年にかけて日本で爆発的に売れたパワーバラード。日本ではこのベスト盤がバンド初の1位になり、洋楽好きでなくても口ずさめる定番として春のラジオで流れ続けた。ハードロックバンドの曲が日本の茶の間まで届いた象徴的な1曲。
1月
TLC『Creep』、95年初頭の全米No.1になったR&Bの大ヒット
1994年10月リリース、1995年1月28日からビルボードHot 100で4週連続1位。アルバム『CrazySexyCool』の先行シングル。
94年末に出たアルバム『CrazySexyCool』の先行シングルとして、95年の年明けにビルボードのトップに立ったR&Bナンバー。気だるくクールなグルーヴと女性3人のコーラスが、この後のR&B/ヒップホップの大衆化を予感させた。95年春の洋楽シーンを語るうえで欠かせない、女性グループのアルバム史上最大のヒットの幕開けの曲。
1月
Ini Kamoze『Here Comes the Hotstepper』、映画『プレタポルテ』とともに流れたダンスホール
1994年12月にビルボードHot 100で2週連続1位。ロバート・アルトマン監督の映画『プレタポルテ』(日本公開1995年5月27日)のサウンドトラックに起用。
一度聴いたら離れないフックで知られるレゲエ/ダンスホールのヒット。94年末に全米1位を取り、ファッション業界を描いた映画『プレタポルテ』とともに95年春の日本でもクラブやラジオで流れた。ジャンルを越えてかかる軽快さで、その時代の空気をまとった1曲。
1月
Real McCoy『Another Night』、ディスコとラジオを満たしたユーロダンス
ドイツのユーロダンスグループによる楽曲で、1994年11月にビルボードHot 100最高3位、ダンスチャート1位。45週にわたりチャートインしたロングヒット。
ドイツ発のユーロダンスが世界を覆っていた時期を代表する1曲。打ち込みのビートと女性ボーカル、ラップを組み合わせた構成が、95年初頭のディスコやFM、有線で繰り返し流れた。日本でもユーロビート/ダンスの定番として親しまれ、当時のクラブの夜を思い出させるサウンド。
2月
篠原涼子 with t.komuro『もっと もっと…』、2月の街を走った小室サウンド
1995年2月8日リリース、篠原涼子5thシングル。小室哲哉プロデュース、累計約62万枚。前年『恋しさと せつなさと 心強さと』のヒットに続く第2弾。
前作『恋しさと せつなさと 心強さと』が累計約202万枚のダブルミリオンを記録した直後の春。バブル後のテレビCMやドラマOPに小室サウンドが入り込んでいた時期で、篠原涼子のクリアな高音とテクノっぽいビートが、震災のニュース映像の合間に流れる広告のBGMとしても繰り返し耳に入った。
2月
ZARD『Just believe in love』、坂井泉水の声が冬の終わりに鳴った14thシングル
1995年2月1日リリース、ZARD 14thシングル。初登場2位、11週チャートイン、累計約65万枚。
前年の『Don't you see!』のミリオンを経て、坂井泉水の声が完全にチャートの定位置に。アップテンポで前向きな歌詞は、震災直前の少し疲れたムードを切り替えるように2月の有線で繰り返された。ZARDがビーイング系の中で最も安定した売上を保っていた時期で、シングル発売直後にアルバム『forever you』も4月3日にリリースされる流れだった。
2月
福山雅治『HELLO』、26歳の誕生日に出た初登場1位のミリオン
1995年2月6日(福山の26歳の誕生日)リリース、10thシングル。フジテレビ系ドラマ『最高の片想い』主題歌で初登場1位、累計約187万枚。
誕生日に発売され、ドラマ『最高の片想い』の主題歌として一気に駆け上がった福山雅治の代表曲。当時はまだ珍しかったマキシシングルの形態で、その形式として初のミリオンを記録した。俳優と歌手の両輪で人気を確立していく時期の、決定打になった1曲。
2月
森高千里『二人は恋人』、春のドラマ主題歌になったセルフプロデュース曲
1995年2月10日リリース、森高千里25thシングル。日本テレビ系ドラマ『恋も2度目なら』主題歌で、オリコン最高5位。
作詞も自ら手がける森高千里が、日テレのドラマ主題歌として届けた春の1曲。ミニスカートでドラムを叩くセルフプロデュースのイメージが定着していた時期で、CMやバラエティでも引っ張りだこだった彼女の、明るいポップスらしさがよく出ている。
2月
観月ありさ『あなたの世代へくちづけを』、主演ドラマと一体だった小室サウンド
1995年2月13日リリース、観月ありさ8thシングル。小室哲哉プロデュースで、観月主演のフジテレビ系ドラマ『ヘルプ!』主題歌。
モデル出身でドラマの主役を張っていた観月ありさが、自身主演の『ヘルプ!』の主題歌として歌った小室プロデュース曲。女優が主題歌も歌うという当時の王道パターンで、彼女がオリコンのトップ10に入った最後のシングルでもある。小室サウンドがドラマと完全に結びついていた時代の1枚。
2月
大黒摩季『ら・ら・ら』、『味いちもんめ』とともに春のチャート1位を走った
1995年2月20日リリース、大黒摩季10thシングル。中居正広主演のテレビ朝日系ドラマ『味いちもんめ』主題歌で、オリコン1位・累計約134万枚と自身最大のヒット。
ビーイング系のパワフルな女性ボーカルとして人気を確立していた大黒摩季の、最大のヒット曲。中居正広が板前を演じたテレ朝のドラマ『味いちもんめ』の主題歌として、春のチャートのトップを走り続けた。前作に続く連続1位で、彼女の名前を茶の間まで広げた1曲。
2月
DREAMS COME TRUE『サンキュ.』、春の別れと感謝に寄り添ったバラード
1995年2月22日リリース、DREAMS COME TRUE17thシングル。オリコン最高2位、累計約107万枚。アルバム『DELICIOUS』の先行シングル。
卒業や旅立ちの季節に、身近な人への『ありがとう』を素直に歌ったドリカムのバラード。発売は1995年の早春で、別れと感謝が重なる春に長く愛され、のちのちまで卒業式や結婚式の定番として歌い継がれていく。吉田美和の伸びやかな歌声が、節目の季節の気持ちにそっと寄り添った。
2月
EAST END×YURI『MAICCA〜まいっか』、日本語ラップを茶の間に広げた連続ミリオン
1995年2月13日リリース、EAST END×YURI2ndシングル。デビューから2作連続ミリオンというオリコン史上初の記録を達成し、テレビ朝日系ドラマ『さんかくはぁと』主題歌。
前作『DA.YO.NE.』で火がついた日本語ラップのブームを決定づけた1曲。日常のだるさを『まいっか』と受け流すゆるい言葉遊びが、ヒップホップになじみのなかった層にも一気に広がった。ラップが特別なものではなく、お茶の間のヒット曲になった瞬間を象徴する春のシングル。
2月
TRF『masquerade』、3か月連続リリース第2弾のラテン調ダンスナンバー
1995年2月1日リリース、TRF9thシングル。小室哲哉プロデュースの3か月連続リリース第2弾で、オリコン週間1位・累計約138万枚のミリオンセラー。
正月のCRAZY GONNA CRAZYに続く、TRFの3か月連続リリース第2弾。ラテンの香りを効かせたダンスナンバーで、この曲も難なくオリコン1位を獲得した。CRAZY GONNA CRAZY、masquerade、Overnight Sensationと毎月のように1位を更新していく、小室哲哉とavexが頂点に駆け上がっていく時期の勢いを体現した1曲。