AUTUMN · 1990

1990の記録

平成2年 · 9・10・11月 · 全 57

バブルの頂点で株価が崩れ始め、東西ドイツが統一し、即位の礼で平成という時代が正式に開いた三ヶ月。スーパーファミコンが発売され、イタめしとティラミスが文化の主役だった季節。

この季節を、シンヤの声で聴く

Music · 音楽40

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KAN『愛は勝つ』9月にリリース、年末から大ブレイク

1990年9月1日リリース。秋から徐々に火がつき、翌年にミリオン突破。

9月のラジオで初めて流れた時、誰もこれが翌年の大ヒットになるとは思わなかった。『必ず最後に愛は勝つ』というフレーズが、ボディコンとバブルとイラク危機という時代に、あえての直球として響いた秋。

9

米米CLUB『浪漫飛行』、JALのCMで年末まで売れ続けた

1990年4月に再リリースされた『浪漫飛行』が、JAL沖縄キャンペーンのCMで秋にかけて空前のヒット。

JALの沖縄キャンペーン『Hello, my dear』のCMで流れる軽快なギターと『浪漫飛行へ in the sky』という歌詞は、まだ円高で海外旅行が身近な贅沢だった時代の象徴。秋の空に届くような開放感があった。

9

工藤静香『私について』、中島みゆき×後藤次利が支えた8作連続1位

1990年9月21日リリース、11thシングル。オリコン初登場1位で、連続1位記録を更新。中島みゆき作詞・後藤次利作曲。

1988年のソロ独立以降、中島みゆきの詞と後藤次利の曲という最強コンビでヒットを連発していた工藤静香の11作目。この曲でも初登場1位を取り、当時のアイドル歌謡の頂点に立っていた時期を象徴する1曲。

9

DREAMS COME TRUE『さよならを待ってる』、ポッキーのCMに乗った秋の都会派ポップ

1990年9月21日リリース、7thシングル。オリコン最高4位。江崎グリコ『ポッキー』のCMソング。

吉田美和の透明感ある歌声で頭角を現していたドリカムが、グリコ・ポッキーのCMタイアップで届けた秋のヒット。翌1991年の大ブレイクへ向かう、上り坂の途中にあった頃の1枚。

9

TMN『TIME TO COUNT DOWN』、TM NETWORKからTMNへ改名第1弾

1990年9月28日リリース。オリコン1位、累計約26万枚。日立マクセルのCMソング。

TM NETWORKがバンド名をTMNに改め、よりハードな方向へ舵を切ることを宣言した改名第1弾。オリコン1位を獲得し、小室哲哉が次の時代の音を探っていく転換点になった1曲。

9

井上陽水『少年時代』、映画から生まれた夏の記憶の名曲

1990年9月21日リリース、28thシングル。同名映画の主題歌。のちにテレビCMでも長く使われ、累計136万枚を超えるロングセラーになった。

井上陽水が映画『少年時代』のために書き下ろした、昭和の夏休みの情景を詩的に描いた楽曲。発売当初の派手なヒットというより、その後CMや教科書を通じて世代を超えた『日本の夏の名曲』として定着していった。

9

小泉今日子『丘を越えて』、マツダのCMから流れた秋のドライブソング

1990年9月21日リリース、31stシングル。オリコン最高10位。マツダ『オートザム・レビュー』のCMソング。

アイドルの枠を超えた独自路線を歩んでいたキョンキョンが、コンパクトカーのCMに乗せて届けた洗練されたポップ。秋の行楽シーズンの車内で流れていた、大人びた1曲。

9

Deee-Lite『Groove Is in the Heart』、横浜出身DJが鳴らしたクラブの幕開け

1990年リリース、ビルボードHot 100最高4位・ダンスチャート1位。メンバーのTowa Tei(テイ・トウワ)は横浜出身。

ニューヨークのダウンタウン発のハウス×ファンクで、多国籍な遊び心が詰まった1曲。日本人メンバーのテイ・トウワを擁し、日本のクラブシーンでも早くから親しまれた、踊れる秋のダンスナンバー。

9

CoCo『ささやかな誘惑』、乙女塾発の4人組が放った秋のアイドルポップ

1990年9月リリース、4thシングル。オリコン最高3位。フジテレビ系『鶴太郎のギャグ・ハラスメント』エンディングテーマ。及川眠子作詞。

フジテレビの芸能学校『乙女塾』から生まれた4人組アイドルグループCoCoの、自己最高位を記録したシングル。バラエティ番組のエンディングを足がかりに、王道のアイドルポップで秋のチャートに食い込んだ。

9

渡辺美里『Power -明日の子供-』、小室哲哉が書いた明治生命CMソング

1990年9月21日リリース、18thシングル。オリコン最高7位。小室哲哉作曲で、明治生命のCMソング。

西武球場のライブで知られる渡辺美里が、小室哲哉の曲で届けた前向きな応援歌。明治生命のCMに本人も出演し、秋の生活に寄り添う1曲として親しまれた。

10

B'z『Easy Come, Easy Go!』10月リリース、3週連続1位の本格ブレイク

1990年10月3日リリース、6thシングル。オリコン週間1位3週連続、B'zが本格ブレイクした秋。

アルバム『RISKY』からの先行シングル。アコースティックギターから入る軽快なロックで、稲葉浩志の「自由気ままに生きよう」というメッセージが、バブル末期で疲れ始めていた都市の空気と妙に響き合った。

10

宮沢りえ『Game』、デヴィッド・ボウイ『Fame』のカバーで魅せた個性

1990年10月1日リリース、3rdシングル。オリコン最高5位。デヴィッド・ボウイ『Fame』のカバー。第41回NHK紅白歌合戦出場。

女優・モデルとして時代の顔だった宮沢りえが、ボウイの1975年のヒットをカバーして話題を呼んだ秋のシングル。アイドルの王道を外した選曲とパフォーマンスで、その存在感を歌でも見せつけた。

10

久保田利伸『Be wanabee』、『世界・ふしぎ発見!』を彩ったR&B

1990年10月1日リリース、7thシングル。TBS系『日立 世界・ふしぎ発見!』エンディングテーマ。

日本のR&B/ブラックミュージックを切り拓いた久保田利伸が、視聴率の高い土曜夜のクイズ番組のエンディングを担い、茶の間にソウルフルな歌声を届けた1曲。同年末には紅白にも初出場した。

10

永井真理子『ZUTTO』、深夜バラエティのエンディングから広がった

1990年10月24日リリース、12thシングル。オリコン最高2位。フジテレビ『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』エンディングテーマ。

パワフルで明るい歌声が持ち味の永井真理子が、人気深夜バラエティのエンディングに起用されて一気に知名度を上げた1曲。オリコン2位を記録し、彼女の代表曲になった。

10

槇原敬之『NG』、のちの国民的シンガーの埋もれたデビュー曲

1990年10月25日リリース、デビューシングル。オーディションを経てデビューしたが、当時は大きくは売れなかった。

翌1991年に『どんなときも。』で爆発的にブレイクする槇原敬之の、まだ無名だった頃のデビュー作。当時は埋もれていたが、後にその原点として振り返られる1曲になった。

10

尾崎豊『LOVE WAY』、移籍後の再出発を告げた8thシングル

1990年10月21日リリース、8thシングル。オリコン最高2位。レコード会社移籍後の第1弾で、アルバム『誕生』の先行シングル。

私生活の混乱を経て、レコード会社を移して再スタートを切った尾崎豊の移籍第1弾。オリコン2位を記録し、アルバム『誕生』とともに復活を印象づけた。1992年の急逝までの、充実期の入口になった作品。

10

B'z『愛しい人よGood Night...』、B'z初の月間1位を取った秋

1990年10月24日リリース、7thシングル。B'z初のオリコン月間1位。テレビ朝日系ドラマ『代表取締役刑事』エンディングテーマ。

デビューから着実に階段を上っていたB'zが、ついにオリコン月間1位を初めて取った1曲。刑事ドラマのタイアップも追い風になり、この後の国民的バンドへの快進撃の口火を切った。

10

中山美穂『愛してるっていわない!』、主演ドラマとともに売れた秋のヒット

1990年10月22日リリース、20thシングル。累計約36万枚。中山美穂主演のフジテレビ系ドラマ『すてきな片想い』主題歌。

女優と歌手を二刀流で走っていた中山美穂が、自身主演ドラマの主題歌を歌うという当時の鉄板パターンで放ったヒット。ドラマの人気と連動して36万枚を超え、秋のチャートをにぎわせた。

10

Maxi Priest『Close to You』、レゲエとR&Bを溶かした甘い全米1位

1990年10月にビルボードHot 100で1位。レゲエ出身のイギリス人シンガーによる唯一の全米No.1。

ニュージャックスウィングのリズムにレゲエのまろやかさを乗せた、肩の力が抜けたR&B。FMの洋楽番組で繰り返し流れ、日本でも親しまれた秋の1曲。

10

George Michael『Praying for Time』、歌詞だけのビデオで放った全米1位

1990年8月リリース、10月にビルボードHot 100で1位。アルバム『Listen Without Prejudice Vol.1』からの第1弾シングル。

Wham!時代との決別を宣言したジョージ・マイケルが、本人の姿を映さず歌詞だけを流すビデオで話題を呼んだ全米No.1。内省的なメッセージが、洋楽ファンの間で深く受け止められた。

10

バービーボーイズ『あいまいtension』、男女ツインボーカルの大人のロック

1990年10月リリース、16thシングル。オリエント時計『YOU』のCMソング。

男女のツインボーカルが掛け合う緊張感で知られたバービーボーイズが、時計のCMに乗せて届けた1曲。バンドブームの中でも一段大人びた、都会的なロックの手触りがある。

10

ユニコーン『命果てるまで』、奥田民生が書いたバンドブーム期のヒット

1990年10月21日リリース、シングル。オリコン最高10位。奥田民生作詞・作曲。

奥田民生を擁し、シリアスからコミカルまで自在に行き来したユニコーンの1曲。前作『働く男』に続くヒットで、バンドブームの中でも飛び抜けた才気を見せていた時期の作品。

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山下達郎『クリスマス・イブ』、JR東海CMで毎年深まる定番ソング

1983年リリース曲が、1988年からJR東海『クリスマス・エクスプレス』CMで継続使用。1989年12月にオリコン週間1位、1990年秋から冬にかけてもロングセラーで毎週チャートインしていた。

もともとは1983年のアルバム『MELODIES』収録曲。1988年のJR東海「ホームタウン・エクスプレス」(深津絵里編)からCMで使われ始め、1989年牧瀬里穂編、1990年高橋里奈編と、毎年11月後半から12月にかけてチャートに戻ってくる季節の風物詩になっていた。山下達郎の柔らかな高音とアカペラのコーラスが、駅と恋人と冬の街灯にぴったり重なる、秋の終わりから冬の入口の歌。

11

稲垣潤一『メリークリスマスが言えない』、秋に早くも漂うクリスマスの哀愁

1990年11月1日リリース、20thシングル。三貴『ブティックJOY』のCMソング。

大人のラブソングを得意とする稲垣潤一が、恋のもどかしさをクリスマスに重ねて歌った1曲。タイトルどおりの切なさが、11月の街に早くも冬の気配を運んだ。

11

中森明菜『水に挿した花』、明菜にとって最後のオリコン1位

1990年11月6日リリース。オリコン初登場1位を記録し、これが中森明菜にとって最後のオリコン1位シングルとなった。日本テレビ系ドラマ枠の主題歌。

1980年代を代表する歌姫として頂点に立ち続けた中森明菜の、最後のオリコン1位作品。翌年からチャートの勢力図がJ-POPへ塗り替わっていく、その直前の秋に咲いた孤高の1曲。

11

安全地帯『情熱』、約2年ぶりの活動再開を告げた1曲

1990年11月7日リリース、20thシングル。テレビ朝日系『火曜ミステリー劇場』エンディングテーマ。1988年の活動休止からの復帰作。

玉置浩二のソロ活動を経て約2年3か月ぶりに再集結した安全地帯の復帰シングル。テレビ朝日のミステリー枠のエンディングとして、大人びた歌声が秋の夜に流れた。

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Wink『ニュー・ムーンに逢いましょう』、Panasonicのコードレス電話CMから

1990年11月21日リリース、9thシングル。オリコン最高2位、累計約25万枚。Panasonicのコードレス電話CMソング。

ユーロビートのカバーで1位を量産していたWinkが、久々のオリジナル曲で放ったヒット。Panasonicの家電CMに乗り、感情を抑えた独特の佇まいで秋のチャート上位に入った。

11

チェッカーズ『さよならをもう一度』、解散へ向かう途上の1曲

1990年11月21日リリース、24thシングル。オリコン最高7位。

80年代を駆け抜けたチェッカーズが、解散へ向かう後期に放ったシングル。アイドル路線からバンドサウンドへ移っていく時期で、タイトルの『さよなら』がファンに時代の区切りを予感させた。

11

辛島美登里『サイレント・イヴ』、クリスマスソングの定番になったバラード

1990年11月7日リリース。TBS系ドラマ『クリスマス・イブ』主題歌として大ヒットし、累計80万枚を超えるロングセラーになった。

辛島美登里が自ら作詞・作曲したこのバラードは、毎年クリスマスが近づくとチャートに戻ってくる定番曲になった。90年代に量産される『冬の恋愛ソング』の原点のひとつで、吉田栄作主演ドラマとともに記憶に残る1曲。

11

光GENJI『笑ってよ』、勢いそのままに取った秋の初登場1位

1990年11月3日リリース。オリコン初登場1位。

ローラースケートで時代を席巻した光GENJIが、全盛期の勢いそのままに取った秋の1位。この後ジャニーズはしばらくオリコン1位から遠ざかり、SMAPらの世代交代が始まる——その直前の、ひとつの頂点を記録した1曲。

11

DREAMS COME TRUE『雪のクリスマス』、初期ドリカムの冬の定番

1990年11月21日リリース、8thシングル。オリコン最高2位、累計約32万枚。

『LOVE LOVE LOVE』で爆発する数年前、初期のドリカムが放った冬のシングル。吉田美和の伸びやかな声が、すでにクリスマス時期のBGMとして街に定着し始めていたことを示す1曲。

11

LINDBERG『FLY AWAY』、女性ボーカルで攻めたバンドブームの真ん中

1990年11月21日リリース。オリコン最高4位。

男性バンドが多かったバンドブームの中で、渡瀬マキのパワフルなボーカルを前面に出して若い女性層をつかんだLINDBERG。ドリカム・Wink・チェッカーズと同日発売という激戦の中で4位に食い込んだ、実力のうかがえる1曲。

11

Vanilla Ice『Ice Ice Baby』、ラップ曲として史上初の全米1位

1990年8月リリース、11月にビルボードHot 100で1位。ラップ曲として史上初の全米No.1。日本でも8cmCDシングルが発売された。

クイーン&デヴィッド・ボウイ『Under Pressure』のベースラインを使った、一度聴いたら忘れられないラップ。MTVの普及とともにラップが幅広い層へ広がる象徴になり、1990年秋の日本のFMでも頻繁にかかった。

11

松田聖子『We Are Love』、国民的アイドルが90年代に入っても示した存在感

1990年11月21日リリース、31stシングル。オリコン最高16位。

1980年から第一線を走り続けた松田聖子が、90年代に入ってもコンスタントにシングルを出し続けていた頃の1曲。アイドルの代名詞だった彼女が、時代が移っても変わらず歌い続けていた存在感を伝える。

11

George Michael『Freedom! '90』、スーパーモデルが歌うMVで時代を象徴

1990年10月末リリース、ビルボードHot 100最高8位。トップモデルたちが出演するミュージックビデオが世界的に話題を呼んだ。

ナオミ・キャンベルやリンダ・エヴァンジェリスタら当時のスーパーモデルが本人の代わりに歌うビデオがMTVで繰り返し流れ、音楽業界からの自由を歌った宣言として記憶された1曲。

11

ribbon『Virgin Snow』、乙女塾発アイドルが届けた冬のシングル

1990年11月リリース。オリコン最高8位。フジテレビ系『乙女塾』から生まれた3人組アイドルグループ。

CoCoと同じ『乙女塾』から生まれた3人組ribbonの、冬に向けたシングル。バラエティ番組と結びついたアイドル文化が花盛りだった時期を象徴する、初々しいポップ。

12

Bette Midler『From a Distance』、遠くから世界を見つめた祈りの歌

1990年末にビルボードHot 100最高2位、アダルト・コンテンポラリー1位。1991年のグラミー賞で最優秀楽曲賞を受賞した。

遠くから世界を見つめる視点で平和を願ったこのバラードは、世界中で静かに共感を広げた。日本でも大人向けのFM局を中心に繰り返し流れ、年末から年明けのラジオに似合う1曲だった。

12

大江千里『あいたい』、小室哲哉アレンジの映画タイアップ

1990年12月1日リリース、シングル。オリコン最高9位。東宝映画『スキ!』テーマ曲、スズキ『カルタス』のCMソング。編曲は小室哲哉。

大学生・社会人世代に支持されたシンガーソングライター大江千里が、映画と車のCMのタイアップで届けた冬のバラード。小室哲哉の編曲が時代の空気をまとわせている。

12

岡村靖幸『カルアミルク』、のちに語り継がれる甘酸っぱいラブソング

1990年12月1日リリース、シングル。アルバム『家庭教師』からのリカット。

独特のファンクと言葉づかいで熱狂的に支持された岡村靖幸の代表曲のひとつ。発売当時より、年を追うごとに『隠れた名ラブソング』として評価が高まっていった1曲。

12

荻野目洋子『少年の瞳に…』、『なるほど!ザ・ワールド』を彩った年末の1曲

1990年12月5日リリース、シングル。フジテレビ系『なるほど!ザ・ワールド』エンディングテーマ、郵政省の年末キャンペーンソング。

『ダンシング・ヒーロー』で知られる荻野目洋子が、人気クイズ番組のエンディングと年末キャンペーンに乗せて届けた1曲。年の瀬のテレビから流れていた、時代の年末の音。

news · ニュース・出来事1

10

日経平均が2万円割れ、バブルの足元が崩れ始めた月

1990年10月初旬に2万円を割り込み、年初4万円近かった株価が半年で半値に。

正直、まだ実感はなかった。マンション価格は上がり続けていたし、土地神話も健在だった。ただ、株を持っていた人だけが青ざめていた秋。後から振り返ると、あれが『失われた10年』の入口だった。

tv · テレビ1

10

アニメ『ちびまる子ちゃん』、視聴率の歴史的高峰

1990年10月28日放送回で視聴率39.9%、戦後アニメの最高峰級の数字を記録。

日曜の夜、家族そろってチャンネルを合わせていた家庭は多いはず。さくらももこの脱力した世界観と、エンディングの『おどるポンポコリン』が連動して、子供だけでなく大人も笑った時代。

movie · 映画2

9

映画『ゴースト/ニューヨークの幻』、号泣の秋のロードショー

1990年9月29日日本公開。デミ・ムーアと故人パトリック・スウェイジのラブストーリー。

『Unchained Melody』が流れる中、亡くなった恋人と陶芸のろくろを回すシーン。映画館でハンカチを濡らした人は数えきれない。秋のデート映画の定番として、何度も語り継がれた作品。

11

『ホーム・アローン』アメリカ公開、世界的ブームの始まり

1990年11月16日アメリカ公開。マコーレー・カルキン主演、ヒットの予兆が海を越えて届いた。

クリスマス映画の定番として、後に毎年テレビ放送される作品の始まり。日本公開は翌1991年7月だが、海外の話題が秋の段階で芸能誌や音楽番組経由で流れ込んでいた。

trend · 流行・カルチャー3

10

ティラミスブーム、雑誌『Hanako』再特集で通年化

1990年4月の『Hanako』特集で火がついたティラミスが、秋にも特集が組まれ通年ブームに。

イタリアの『私を引き上げて』という意味の名前のデザート。コーヒーリキュールとマスカルポーネとココアパウダー。それまでの和洋折衷とは違う『ヨーロッパらしさ』を初めて知ったブームだった。

10

ボディコンとDCブランド、バブルファッション最後の絶頂

肩パッド入りのスーツ、ボディコンドレス、原宿のDCブランドが秋もまだ売れていた。

コム・デ・ギャルソン、ヨウジヤマモト、Y'sといった日本のDCブランドが世界を席巻していた最後の時期。ジュリアナ東京の開店は翌年5月だが、ボディコン文化はこの秋すでに完成形だった。

10

『アッシー君』『メッシー君』『ミツグ君』、女性目線の男性役割語

1990年の流行語関連語。女性が複数の男性を『役割』で呼び分ける文化が広がった。

車で送迎してくれる『アッシー』、食事をご馳走してくれる『メッシー』、贈り物をくれる『ミツグ』。バブル期の女性優位な恋愛市場を風刺した呼称が、女性誌から広まって日常会話に入った。

sports · スポーツ2

9

大相撲秋場所、千代の富士の晩年と世代交代の予兆

1990年9月場所、横綱千代の富士が35歳を迎え、若手の追い上げに苦戦した秋。

『ウルフ』千代の富士の最後の現役の秋。貴花田・若花田・曙といった新世代に追い上げられていた最後の場所。土俵の上の世代交代を、観衆は無意識に感じ取っていた。

10

F1鈴鹿GP、セナがプロストに第1コーナーで体当たり、年間王者確定

1990年10月21日、F1日本グランプリ。セナがプロストに第1コーナーで激突、両者リタイア。

前年の鈴鹿でプロストにぶつけられた屈辱を、セナがこの日に晴らした。『人類は2位より1位を覚える』と言われる名場面。F1ブームの絶頂、フジテレビ深夜中継の視聴率も高かった。

slang · 流行語3

10

『オヤジギャル』流行語、女性のおじさん化を笑う

1990年の流行語の一つ。中尊寺ゆつこの漫画から派生、若い女性が『おじさん的な楽しみ』を享受する文化。

競馬・パチンコ・酒・ゴルフを楽しむ若い女性を、おじさんに見立てて笑う文化。バブル期の女性が『気を遣わずに楽しむ』スタイルを表現していた。広告代理店やマスコミが好んで使った言葉。

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『ナウい』が死語化、若者言葉の世代交代

1980年代の若者言葉『ナウい』が陳腐化し、新しい言葉が模索されていた端境期。

1980年代に流行した『ナウい』(now+い)が80年代後半から急速に死語化。一方『ダサい』は90年代以降も継続使用。若者文化の言葉が次の世代へバトンタッチしていく端境期。

11

『財テク』『地上げ』、バブル末期の経済用語が日常語に

1990年秋、株価が崩れ始めた中で『財テク』『地上げ』『土地神話』といった経済用語が日常会話に定着。

それまで経済欄でしか見なかった言葉が、居酒屋やオフィスの雑談に入ってきた。サラリーマンの誰もが株や不動産の話をした最後の季節。半年後にはこの言葉たちが急速に色を失っていく。

tech gadget · モノ・ガジェット1

10

カラオケボックス全盛、コンテナ型から本格店舗へ

1988年に岡山で生まれたカラオケボックス文化が、1990年には全国展開・大型化。

それまでスナックや居酒屋でしか歌えなかったカラオケが、若者中心の『個室文化』になった転換点。会社員や学生の宴会、デート、女子会の定番になっていく入り口の秋。

food · 食べもの2

10

『イタめし』ブーム、原宿・南青山のトラットリアが社交場に

1990年の流行語の一つ。バブル期のグルメ志向がフレンチからイタリアンへ移行した季節。

『イタめし』という言葉の登場は、フランス料理の格式から離れて、もっと気軽にワインとパスタを楽しむ文化の到来を告げていた。広尾、麻布、青山のトラットリアが連日満席。

10

コンビニおでん、秋冬の主役として定着

1990年代に入り、コンビニのおでんコーナーが秋冬の風物詩として全国定着。

学校帰りや残業後、コンビニのおでんを買って帰る習慣が広まった。だしの香り、レジ横の湯気、200円足らずで温まる小さな幸せ。秋の夜風の中で口に入れる大根の温度感を、多くの人が覚えている。

cm ads · CM・広告2

10

三共リゲイン『24時間戦えますか』、企業戦士のテーマソング

1989年から続く三共リゲインCMのキャッチコピー。1989年の流行語大賞を経て1990年も継続展開。

『黄色と黒は勇気の印、24時間戦えますか』というキャッチコピーは、バブル期のサラリーマンの自己満足と疲弊の両方を象徴。後年『過労死カルチャー』の代名詞としても引用される。秋は特に転勤・出張の季節で耳にする頻度が増えた。

12

JR東海『クリスマス・エクスプレス』1990年版、高橋里奈と絆創膏の伝言

1990年のクリスマス・エクスプレスは『X'mas EXPRESS'90』、主演は高橋里奈。山下達郎『クリスマス・イブ』とともに季節の風物詩に。

公衆電話で恋人と連絡が取れず、自宅に帰ると玄関に絆創膏で貼られた彼からの伝言がある、というストーリー。キャッチコピー『どうしてもあなたに会いたい、夜があります』。前々年(1988年)の深津絵里編、前年(1989年)の牧瀬里穂編と並んで、シリーズの中でも語り継がれる一本。

ここに並べたのは、1990に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。

1990を聴く