WINTER · 1989

1989の記録

平成元年 · 12・1・2月 · 全 26

バブル経済が絶頂を極めた三ヶ月。12月29日、日経平均株価は史上最高値の38,915円をつけ、誰もが宴の続きを信じていた。一方、12月のマルタ会談で東西冷戦の終結が宣言され、前月に崩れたベルリンの壁とともに、世界は歴史的な転換のただ中にあった。山下達郎『クリスマス・イブ』がJR東海のCMで6年越しのオリコン1位に輝き、Xが『ENDLESS RAIN』で、ドリカムとLINDBERGがドラマ主題歌で時代を彩った。大晦日には平成初の紅白、年が明けて1月7日には大河『翔ぶが如く』とアニメ『ちびまる子ちゃん』が同じ日に始まった。絶頂と、その先に待つ崩壊の、ちょうど境目にあった冬。

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Music · 音楽10

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山下達郎『クリスマス・イブ』、6年越しでオリコン1位になった冬の定番

1983年に発売された曲だが、1989年12月25日付でついにオリコン週間1位を獲得した。JR東海『クリスマス・エクスプレス』のCMがきっかけだった。

1983年のアルバム曲が、牧瀬里穂が出演したJR東海のCMで再び注目され、発売から約6年を経て初の1位になった。遠距離恋愛を描いたCMとともに、日本のクリスマスの定番として定着していく。作詞・作曲・編曲のすべてを山下達郎が手がけている。

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JUN SKY WALKER(S)『白いクリスマス』、バンドブームの冬の月間1位

1989年11月21日リリースのシングルで、12月度のオリコン月間1位を獲得した。ジュンスカにとって唯一の1位曲。

バンドブーム全盛期に、ロックバンドがクリスマスソングで月間チャートの頂点に立った象徴的な一枚。パナソニックのCDラジカセのCMソングだった。作詞・宮田和弥、作曲・森純太。

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X『ENDLESS RAIN』、激しさのイメージを覆した初のバラード

1989年12月1日リリースのシングル。オリコン最高3位。Xにとって初のバラードだった。

のちにX JAPANと改名するバンドが、X名義でリリースした初のバラード。ヘヴィメタルの激しいイメージを、美しいピアノのバラードで覆した一曲で、リーダーYOSHIKIの作詞・作曲。年をまたいで長くチャートに残った、冬の名バラードだった。

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Wink『淋しい熱帯魚』、大晦日のレコード大賞に輝いた一年の締めくくり

1989年7月発売のシングルだが、この年末、1989年12月31日の日本レコード大賞を受賞した。Winkにとって最大のヒット。

元はヨーロッパの曲に及川眠子が日本語詞をつけたカバーで、パナソニックのCMソングだった。鈴木早智子と相田翔子の二人が、表情を変えずにクールに踊るスタイルで人気を集めた。大晦日のレコード大賞でこの曲が大賞に輝き、1989年という年を締めくくった。

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フィル・コリンズ『Another Day in Paradise』、80年代最後で90年代最初の全米1位

フィル・コリンズの『Another Day in Paradise』は、1989年最後の全米1位であり、1990年最初の全米1位にもなった曲。年をまたいで計4週、ビルボードの首位に立った。

ホームレス問題を歌った社会派のバラードで、アルバム『…But Seriously』からのシングル。1980年代の最後と1990年代の最初の両方でナンバーワンになった、唯一無二の記録を持つ。まさに時代の変わり目を象徴する、冬の一曲だった。

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BUCK-TICK『悪の華』、ビジュアル系バンド初の週間1位

1990年1月24日リリースのシングル。オリコン初登場1位で、BUCK-TICKにとって初の週間1位だった。

活動休止を経ての復帰第一弾で、バンド初の1位を獲得した。のちにビジュアル系と呼ばれるバンドが、大手レコード会社のチャート頂点に立った先駆けの一つ。同名アルバムの先行シングルでもあった。

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工藤静香『くちびるから媚薬』、全盛期の連続1位を重ねた一曲

1990年1月10日リリースのシングル。オリコン週間1位、売上約48.9万枚。

作詞・松井五郎、作曲・後藤次利。『恋一夜』『嵐の素顔』に続く連続1位で、後藤次利と松井五郎のコンビが工藤静香の全盛期を支えた。冬の頭にまた1位を獲得した、アイドル工藤静香の黄金期の一曲。

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マイケル・ボルトン『How Am I Supposed to Live Without You』、冬の王道バラード

マイケル・ボルトンの『How Am I Supposed to Live Without You』は、1990年1月に全米1位(3週)になったバラード。グラミー賞も受賞した。

もともとボルトン自身が作った曲を、十数年を経て自ら歌って大ヒットさせた一曲。ハスキーで情感のこもった歌声で、ボルトンを国際的なスターにした。1990年の冬、ラジオから流れていた王道のバラードだった。

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LINDBERG『今すぐKiss Me』、差し替えから生まれた月9主題歌の大ヒット

1990年2月7日リリースのシングル。フジテレビ月9ドラマ『世界で一番君が好き!』の主題歌で、オリコン週間1位・年間3位、売上約61万枚の大ヒットになった。

もともとはDREAMS COME TRUEに主題歌のオファーがあったが、ドリカムが別のドラマの主題歌を先に引き受けたため、急きょLINDBERGに差し替えられた。その結果がバンド最大のヒット。運命の入れ替わりが生んだ、冬のヒット曲だった。

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DREAMS COME TRUE『笑顔の行方』、ドリカム初のヒット曲

1990年2月10日リリースのシングル。TBS系ドラマ『卒業』の主題歌で、オリコン最高2位、ドリカムにとって初のヒットになった。

吉田美和・中村正人を中心とするドリカムにとって初のドラマタイアップで、初めてのヒット曲。同じ冬、フジの月9主題歌だったLINDBERGの『今すぐKiss Me』と話題を二分した。この曲をきっかけに、ドリカムはこの年末の紅白に初出場する。

news · ニュース・出来事3

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日経平均が史上最高値38,915円(12月29日)、バブルの絶頂

1989年12月29日、その年最後の取引日に、日経平均株価が史上最高値の38,915円をつけた。バブル経済の頂点だった。

株でも土地でも、持っていれば値上がりする——そんな空気が最高潮に達した日。だがこの記録を境に、翌1990年から株価は下がり始める。この最高値は、その後34年以上も破られなかった。絶頂と崩壊の、ちょうど境目にあった冬だった。

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マルタ会談で冷戦終結を宣言(12月)、世界が変わった冬

1989年12月2日から3日、地中海のマルタ島沖で米ソの首脳が会談し、40年以上続いた東西冷戦の終結を宣言した。

前月の11月にはベルリンの壁が崩れ、東ヨーロッパでは共産圏の体制が次々と変わっていた。アメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ書記長によるこの会談で、第二次世界大戦後の世界の枠組みが大きく変わった。バブルに沸く日本の外で、世界は歴史的な転換のただ中にあった冬。

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第39回衆議院総選挙(2月18日)、消費税が問われた選挙

1990年2月18日、第39回衆議院議員総選挙が行われた。前年に導入された消費税の是非が争点になったが、海部内閣の自民党が安定多数を確保した。

野党は消費税の廃止を掲げ、社会党が議席を伸ばしたものの、自民党は安定多数を守った。前年4月に始まった消費税が、国民にある程度受け入れられたことを示す選挙でもあった。バブルの好景気のなかで、有権者の怒りは和らいでいた。

tv · テレビ4

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第40回NHK紅白歌合戦(12月31日)、平成最初の紅白は初の二部構成

1989年12月31日、第40回NHK紅白歌合戦が放送された。平成になって初めての紅白で、初の二部構成・放送時間4時間20分という過去最長だった。

紅組司会は三田佳子、白組司会は武田鉄矢。当時は紅白の視聴率が下降していて、「廃止論」もささやかれた節目の回だった。それでも関東で47%という数字を取り、平成最初の大晦日を彩った。

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月9『世界で一番君が好き!』放送開始(1月8日)、スクランブル交差点のキス

1990年1月8日、フジテレビの月9ドラマ『世界で一番君が好き!』が放送開始した。主演は浅野温子と三上博史。

渋谷のスクランブル交差点で、車から身を乗り出してキスするオープニングが話題をさらった。主題歌はLINDBERGの『今すぐKiss Me』。月9の主題歌が大ヒットする、という流れを決定づけた一作だった。

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大河ドラマ『翔ぶが如く』放送開始(1月7日)、西郷と大久保の物語

1990年1月7日、NHK大河ドラマ『翔ぶが如く』が放送開始した。西郷隆盛を西田敏行、大久保利通を鹿賀丈史が演じた。

司馬遼太郎の原作で、幕末から西南戦争までを描く、大河初の二部構成。情熱の西郷と、冷徹な政治家・大久保の対比が見どころだった。同じ1990年1月7日には、アニメ『ちびまる子ちゃん』も始まっている。

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アニメ『ちびまる子ちゃん』放送開始(1月7日)、日曜夕方の国民的アニメ

1990年1月7日、フジテレビ系でアニメ『ちびまる子ちゃん』の放送が始まった(日曜18時)。原作はさくらももこ。

『りぼん』連載の漫画が原作で、昭和40年代の家族の日常をやさしく描いた。この年の秋にはテレビアニメ歴代最高となる39.9%の視聴率を記録し、エンディングの『おどるポンポコリン』も大ヒットするが、それはもう少し先の話。冬の日曜の夕方に、静かに始まった国民的アニメだった。

movie · 映画1

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映画『ゴジラvsビオランテ』公開(12月16日)、平成ゴジラ対決ものの幕開け

1989年12月16日、映画『ゴジラvsビオランテ』が公開された。平成のゴジラシリーズで、対決もの(vsシリーズ)の最初の作品だった。

バイオテクノロジーをテーマに、植物の怪獣ビオランテとゴジラが戦う物語。原作を一般公募で選んだことでも話題になった。年末年始の劇場をにぎわせた、平成ゴジラの本格的な幕開けだった。

trend · 流行・カルチャー1

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バブル絶頂の世相、「土地も株も上がり続ける」と誰もが信じた冬

1989年の暮れ、日本はバブル景気の絶頂にあった。都心の地価は高騰を続け、「土地や株は値上がりし続ける」という空気が社会を覆っていた。

海外旅行やブランド品、高級な飲食やレジャーへの消費が過熱し、クリスマスは高級ホテルを予約するのが当たり前という風潮もあった。一方で、年末には日銀総裁が代わり、金融の引き締めが始まろうとしていた。誰も崩壊を想像しないまま、宴の頂点にあった冬だった。

sports · スポーツ1

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千代の富士が通算30回目の優勝(1月場所)、ウルフ全盛期

1990年1月の大相撲初場所で、横綱・千代の富士が優勝し、通算30回目の優勝を達成した。

「ウルフ」の愛称で親しまれた千代の富士は、この頃まさに全盛期だった。30回という優勝回数は当時屈指の大記録。引き締まった体で土俵を沸かせ続けた横綱が、平成2年の幕開けを飾った。

slang · 流行語1

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流行語「オバタリアン」「セクシャル・ハラスメント」、1989年の流行語大賞

1989年の新語・流行語大賞で、流行語部門の金賞に「オバタリアン」、新語部門の金賞に「セクシャル・ハラスメント」が選ばれた(発表は年末)。

「オバタリアン」は、傍若無人な中年女性を描いた4コマ漫画から生まれた言葉。「セクシャル・ハラスメント」は、職場での性的な嫌がらせにこの年、初めて名前がついた言葉で、のちの社会の変化の出発点になった。ちなみに、この年の特別賞は「平成」だった。

tech gadget · モノ・ガジェット1

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ソニー「ハンディカム」CCD-TR55が1989年ヒット商品番付1位に(発売は同年6月、年末年始も人気持続)

ソニーのパスポートサイズビデオカメラ「ハンディカム」CCD-TR55は1989年6月21日に発売され、その年の日経流通新聞ヒット商品番付で1位に選ばれた。

重さ790グラムという当時としては画期的な小型軽量ボディで、旅行にも気軽に持ち出せることから、子供の成長記録が主だった家庭用ビデオカメラの使われ方を大きく広げた。女優の浅野温子を起用したCMも話題になり、1989年から1990年にかけての年末年始も、帰省や旅行の持ち物として人気が続いた。

game · ゲーム2

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ゲームボーイ『魔界塔士Sa・Ga』発売(12月15日)、スクウェア初のミリオン

1989年12月15日、ゲームボーイ用ソフト『魔界塔士Sa・Ga』が発売された。スクウェアにとって初のミリオンセラーになった。

発売されたばかりのゲームボーイ向けの本格RPGで、携帯ゲーム機でもじっくり遊べるRPGの先駆けだった。当時のファイナルファンタジーの売上を上回る100万本超を記録し、のちのサガシリーズの原点になった。年末商戦の、子どもたちの注目ソフト。

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ゲームボーイ『テトリス』、年末商戦の主役だった落ちものパズル

1989年4月に発売されたゲームボーイ版『テトリス』が、この年末商戦でも品薄が続くほどの人気を集めていた。

ゲームボーイ本体の普及を牽引した、落ちものパズルの決定版。通信ケーブルでの対戦プレイが新鮮で、国内で400万本を超えるソフト歴代1位の大ヒットになった。年末、ゲームボーイとテトリスは、もらってうれしいプレゼントの定番だった。

food · 食べもの1

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サッポロ「冬物語」が冬の定番ビールに(1988年11月発売開始、業界初の冬季限定ビール)

サッポロビールの季節限定ビール「冬物語」は1988年11月2日に発売され、業界で初めての冬季限定発売のビールとして、以後毎年冬の風物詩になった。

秋の終わりから冬にかけて数量限定で発売され、「冬しか出会えない」という季節限定の売り方は、他社にはなかった新しい発想だった。1989年から1990年にかけての冬にも、忘年会や年末年始の食卓に並ぶ定番の一本として定着していった。

cm ads · CM・広告1

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小田和正「君にMerry Xmas」が第一生命CMに(1989年12月1日発売、クリスマスの2日間限定放映)

小田和正のシングル「君にMerry Xmas」は1989年12月1日に発売され、第一生命の保険商品「パスポート21」のCM曲として、クリスマスの時期にわずか2日間だけテレビで放映された。

CMでは小田和正がニューヨークのブルックリン橋を、プレゼントを持って走る映像が使われた。放映期間が極端に短かったにもかかわらず強い印象を残し、後年になっても語り継がれるCMとなった。

ここに並べたのは、1989に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。

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