AUTUMN · 1988

1988の記録

昭和63年 · 9・10・11月 · 全 26

バブル景気が頂点へ駆け上がる一方、9月19日の昭和天皇ご容体悪化の報せから全国に自粛ムードが広がり、華やかさと静けさが同居した三ヶ月。ソウルオリンピックでは鈴木大地がバサロ泳法で金メダルを掴み、プロ野球では西武が昭和最後の日本シリーズを制した。光GENJIが『剣の舞』で秋を彩り、中森明菜の連続1位記録が途切れ、B'zが無名のままデビューした秋。テレビでは金八先生が8年ぶりに復活し、とんねるずの『おかげです』が始まった。国会ではリクルート事件の追及と消費税法案の強行採決が重なり、昭和という時代の終わりが静かに近づいていた。

この季節を、シンヤの声で聴く

Music · 音楽10

9

B'z『だからその手を離して』、無名のままのデビュー

1988年9月21日リリースのB'zのデビューシングル。当時はほとんど話題にならず、オリコンのランキングには入らなかった。

松本孝弘と稲葉浩志が1988年に結成したユニットの第一歩。デビュー当時は無名で売れなかったが、のちに日本で最も売れる音楽ユニットへと駆け上がっていく。すべての始まりが、この1988年秋の地味な一枚だった。

10

光GENJI『剣の舞』、年間1〜3位独占の絶頂期を彩った秋のシングル

1988年10月10日リリースのシングル。オリコン週間1位。光GENJIはこの年、『パラダイス銀河』など別の曲でオリコン年間1位から3位を独占する社会現象を起こしていた。

実際の剣を思わせる小道具を使ったダンスで話題になった。光GENJIは1978年のピンク・レディー以来となる「年間トップ3独占」を達成した年で、『剣の舞』もその秋を彩る一枚。ローラースケートのアイドルが頂点に立っていた1988年。

10

南野陽子『秋からも、そばにいて』、タイトルに秋を冠したグリコCMソング

1988年10月8日リリースのシングル。オリコン週間1位。江崎グリコのCMソングで、南野陽子本人がCMに出演した。

『楽園のDoor』から続くオリコン1位記録のなかの一枚で、タイトルに「秋」を含む、そのままの秋ソング。南野陽子・工藤静香・中山美穂・浅香唯の「アイドル四天王」がチャートを賑わせた、その秋の真ん中にあった曲。

10

チェッカーズ『素直にI'm Sorry』、昭和に出した最後のシングル

1988年10月21日リリースのシングル。チェッカーズが昭和に発売した最後のシングルになった。

作詞・藤井郁弥、作曲・藤井尚之。メンバー自身が手がけた曲で、この年末の紅白歌合戦にも出場した。デビューから数年、人気バンドとして走り続けたチェッカーズの、昭和の締めくくりの一枚だった。

10

デビー・ギブソン『Foolish Beat』、17歳の自作自演で全米1位

デビー・ギブソンの『Foolish Beat』は1988年に全米1位になったバラード。自分で作詞作曲した曲で、17歳での全米1位は当時の最年少記録だった。

ティファニーと並んで、1988年に日本でもティーンアイドルとして人気を集めたアメリカの歌手。自作自演のシンガーソングライターという点が、同世代のファンの憧れになった。ティファニー対デビー・ギブソンという構図が、当時の音楽雑誌をにぎわせた。

11

中森明菜『I MISSED "THE SHOCK"』、連続1位記録が途切れた一曲

1988年11月1日リリースのシングル。オリコン最高3位。『サザン・ウインド』以来続いてきた連続1位の記録が、この曲で途切れた。

ハードでドラマチックなアレンジの一曲。『TATTOO』まで続いた連続1位がこの曲で止まったことが話題になったが、次のシングルで再び1位に返り咲く。歌姫が一つの記録に区切りをつけた、秋の出来事だった。

11

ティファニー『I Think We're Alone Now』、来日も果たした十代の歌姫

ティファニーの『I Think We're Alone Now』は1987年に全米1位になったヒット曲。日本では1988年にアルバムがオリコン洋楽1位になり、この秋には来日公演も行われた。

ショッピングモールを回るツアーで知名度を上げた、十代のアメリカ人歌手。1988年の日本では、同じく十代のデビー・ギブソンと「ティーンアイドル二強」として人気を二分した。原曲は1960年代のトミー・ジェームスの曲で、ティファニーはそのカバーだった。

4

坂本冬美『祝い酒』、春に出て秋・年末まで売れ続けたロングセラー演歌

1988年4月26日リリースのシングル。発売後も長く売れ続け、この年末の日本レコード大賞・金賞を受賞、紅白歌合戦に初出場した。

作詞・たかたかし、作曲・猪俣公章。明るく縁起のいい祝いの席の演歌で、春に出てから秋・年末までロングセラーになった。アイドルとバンドが席巻するチャートのなかで、若手演歌歌手・坂本冬美が存在感を放った、昭和最後の年の一曲。

8

工藤静香『MUGO・ん…色っぽい』、中島みゆき作詞のカネボウ秋キャンペーン曲

1988年8月24日リリースのシングル。カネボウ'88秋キャンペーンのイメージソングで、秋いっぱいチャート上位に居続けた。オリコン週間1位、売上50万枚超。

作詞・中島みゆき、作曲・後藤次利。「ん、色っぽい」というキャッチコピーと連動した化粧品キャンペーンソングだった。工藤静香にとって最大級のヒットで、この年末の紅白歌合戦に初出場した。アイドル四天王の一角として秋の主役だった一曲。

8

男闘呼組『DAYBREAK』、デビュー即1位のバンドアイドル

1988年8月リリースのデビューシングル。オリコン初登場1位。この年の日本レコード大賞・最優秀新人賞を受賞した(発表は年末)。

ジャニーズ事務所のバンド形態のアイドルとして登場し、デビュー曲でいきなりオリコン1位を獲得、秋もチャート上位を走り続けた。楽器を持って歌い踊る「バンドアイドル」という形が広がっていく、その先駆けだった。

news · ニュース・出来事3

9

昭和天皇ご容体悪化(9月19日)、全国に広がった自粛ムード

1988年9月19日に昭和天皇のご容体悪化が伝えられると、全国に「自粛ムード」が広がった。秋祭りや催しが取りやめになり、テレビからも華やかさが控えられた。

連日、ご病状を伝える情報がテレビに流れ、派手な催しやコマーシャル、プロ野球の優勝セールまでが自粛された。昭和という時代が終わりに近づいていることを、社会全体が静かに感じ取っていた秋だった。崩御は翌1989年1月7日で、この秋はまだその前の時期にあたる。

10

リクルート事件が本格化(10〜11月)、戦後最大級の汚職事件

1988年秋、リクルート社の未公開株が政界などに譲渡されていた問題(リクルート事件)が一気に本格化した。10月19日に東京地検が家宅捜索に入り、11月には国会で証人喚問が行われた。

同年6月に報道が始まり、秋には自民党の主要な政治家の多くが関わっていたことが次々と明らかになった。戦後政治で最大級とされる汚職事件で、翌1989年の竹下内閣総辞職へとつながっていく。バブルに浮かれる一方で、政治への不信が深まった秋だった。

11

消費税法案が衆院で強行採決(11月)、消費税という言葉が刻まれた秋

1988年11月、消費税の導入を含む税制改革関連法案が衆議院で強行採決された(11月10日に委員会、16日に本会議で可決)。

竹下内閣の看板政策で、税率3%の消費税が翌1989年4月の施行に向けて動き出した。リクルート事件の追及とも重なり、国会は紛糾した。「消費税」という言葉を、国民が初めて強く意識した秋だった。参議院での正式成立は12月24日。

tv · テレビ4

10

『3年B組金八先生』第3シリーズ放送開始(10月)、8年ぶりの復活

1988年10月、TBSの『3年B組金八先生』第3シリーズが約8年ぶりに放送開始した(月曜21時)。主演は武田鉄矢。平均視聴率23.1%。

第1・第2シリーズ(1979〜80年)から久々の復活で、主題歌は武田鉄矢のソロ名義『声援』だった。全12回という短い構成で、舞台も桜中学ではなく松ヶ崎中学。世代を超えて愛される学園ドラマが帰ってきた秋。

10

『とんねるずのみなさんのおかげです』放送開始(10月13日)

1988年10月13日、フジテレビ系で『とんねるずのみなさんのおかげです』が放送開始した(木曜21時)。

開始当初の「仮面ノリダー」コーナーが爆発的な人気を呼んだ。とんねるず(石橋貴明・木梨憲武)の勢いそのままに、バブル期の浮かれた空気を象徴する番組になった。裏番組だった長寿音楽番組『ザ・ベストテン』を追い込んでいく存在にもなる。

10

月9『君が嘘をついた』放送開始(10月)、野島伸司の連ドラ脚本デビュー作

1988年10月、フジテレビの月9ドラマ『君が嘘をついた』が放送開始した。主演は三上博史。野島伸司の連続ドラマ脚本デビュー作。

麻生祐未、鈴木保奈美、大江千里、工藤静香らが共演。主題歌はプリンセス プリンセスの『GET CRAZY!』。のちに「トレンディドラマ」と呼ばれる、おしゃれな都会の恋愛ドラマの先駆けのひとつだった。月9が時代の流行を作り始めた秋。

10

アニメ『それいけ!アンパンマン』放送開始(10月3日)、自粛ムードの中の船出

1988年10月3日、日本テレビ系でアニメ『それいけ!アンパンマン』が放送開始した。原作はやなせたかし。

放送開始は、自粛ムードが広がる秋。スポンサーがつきにくく、宣伝もままならない逆境のスタートだったと伝えられる。やなせたかしが70歳近くで生み出した物語は、その後何十年も続く長寿アニメになっていく。子どもたちのヒーローが、静かに生まれた秋だった。

movie · 映画1

9

映画『ビッグ』日本公開(9月)、トム・ハンクスの出世作

1988年9月、トム・ハンクス主演の映画『ビッグ』が日本公開された。

願い事で一夜にして大人の体になった少年が、玩具会社で奮闘するファンタジー・コメディ。巨大なピアノを足で踏んで弾くシーンが語り草になった。トム・ハンクスをスターにした出世作で、彼はこの演技でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。

trend · 流行・カルチャー1

10

「渋カジ」が広まり始める、DCブームの反動で生まれた定番カジュアル

1988年ごろ、東京の高校生を中心に「渋カジ(渋谷カジュアル)」と呼ばれるアメリカンカジュアルの着こなしが広まり始めた。

ラルフローレンのポロシャツやリーバイス501、レッドウィングのブーツなど、シンプルで定番の組み合わせが特徴。デザイン過多だったDCブランドブームへの反動として生まれた。バブルの華やかさの中で、あえて品のいい普段着を選ぶ感覚が、その後のストリートファッションの原点になっていく。

sports · スポーツ2

9

鈴木大地がソウル五輪・100m背泳ぎで金メダル(9月24日)、バサロ泳法の伝説

1988年9月24日、ソウルオリンピックの競泳・男子100m背泳ぎで、21歳の鈴木大地が金メダルを獲得した。日本競泳としては16年ぶりの金だった。

スタート後に長く水中を進む「バサロ泳法」を武器に、世界記録保持者のアメリカ・バーコフをラスト5メートルで逆転。タイムは55秒05。このバサロ泳法はのちにルールで距離が制限され、伝説の泳ぎになった。ソウル五輪は東西両陣営が久々に揃って参加した大会でもあった。

10

西武ライオンズが3年連続日本一(10月)、昭和最後の日本シリーズ

1988年10月、プロ野球の日本シリーズで西武ライオンズが中日ドラゴンズを4勝1敗で破り、3年連続の日本一になった。

森祇晶監督のもと、秋山幸二と清原和博のAK砲を擁する黄金期の西武。第5戦は延長11回、伊東勤のサヨナラ安打で決着した。結果的に、これが昭和最後の日本シリーズになった。

slang · 流行語1

9

流行語「今宵はここまでにいたしとうござりまする」、大河『武田信玄』から

1988年放送のNHK大河ドラマ『武田信玄』の決め台詞「今宵はここまでにいたしとうござりまする」が流行語になり、この年の流行語大賞・流行語部門金賞を受賞した(発表は年末)。

中井貴一主演の『武田信玄』は平均視聴率39.2%を記録した人気作。各回の終わりに、語りの大井夫人(若尾文子)が発するこの台詞を、会議や宴会の締めにまねる人が続出した。テレビの言葉が、そのまま日常会話に入り込んだ年だった。

tech gadget · モノ・ガジェット1

11

キングジム「テプラ」誕生(1988年11月発売、世界初の漢字ラベルライター)

キングジムのラベルライター「テプラ」第1号機TR55が1988年11月に発売され、価格は16,800円だった。

ダイヤルを回して文字を選ぶ入力方式で、単漢字変換に対応した、それまで世の中になかった新ジャンルの文房具だった。ファイルの背表紙などに美しいラベルを誰でも簡単に作れるというコンセプトが受け、後にロングセラーブランドへと育っていった。

game · ゲーム1

10

『スーパーマリオブラザーズ3』発売(10月23日)、ファミコン黄金期の頂点

1988年10月23日、ファミコン用ソフト『スーパーマリオブラザーズ3』が発売された。国内売上は約384万本。

しっぽマリオやたぬきマリオなど多彩な変身、全8ワールドの圧倒的なボリュームで人気を集めた。同じ年の2月にはドラゴンクエストIIIが社会現象を起こしており、1988年はファミコン黄金期の頂点と語られる年。秋の子どもたちは、新しいマリオに夢中だった。

food · 食べもの1

11

ボジョレーヌーボー空輸ブームが過熱(1988年11月、輸入量が過去最高に)

1988年のボジョレーヌーボー解禁では、日本への輸入量が過去最高の8万9000箱に達し、バブル景気を背景にした空輸ブームが最高潮を迎えた。

解禁日未明に空港まで駆けつけて飲む人が現れるなど、深夜0時に合わせたパーティーが各地で開かれ、百貨店では高額な限定ボトルが即日完売するほどの盛り上がりだった。1987年から90年頃にかけては第四次ワインブームとも呼ばれ、バブル期の消費熱がそのままワインの解禁日イベントに表れていた。

cm ads · CM・広告1

10

日産セフィーロCM「みなさんお元気ですか」が自粛で音声差し替え(1988年9月発売車、秋の自粛ムード下)

1988年9月発売の日産セフィーロのCMは、井上陽水が助手席から「みなさんお元気ですか?失礼します」と語りかける内容だったが、昭和天皇のご容体悪化による自粛ムードの中で、その台詞部分だけ音声を消して放映された。

セフィーロ発売直後の9月から放映されていたこのCMは、10月以降の自粛ムードの高まりを受けて中止も検討されたが、発売直後という事情もあり、映像はそのまま台詞部分の音声だけを消したバージョンに切り替える対応がとられた。後に井上陽水が庭でホースの水をまく新バージョンのCMが急遽制作され、12月以降はそちらに切り替わった。

ここに並べたのは、1988に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。

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