SPRING · 1986

1986の記録

昭和61年 · 3・4・5月 · 全 26

ハレー彗星が76年ぶりに地球へ近づき、ダイアナ妃が初来日して列島がフィーバーに包まれ、ファミコンではドラゴンクエスト第1作が静かに産声を上げた季節。おニャン子クラブの卒業ソングがチャートを染め、渡辺美里のMy Revolutionが3月に1位へ駆け上がり、西武の新人・清原和博がデビュー2試合目で初本塁打を放った三ヶ月。

この季節を、シンヤの声で聴く

Music · 音楽10

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渡辺美里『My Revolution』が3月にオリコン1位、小室哲哉の出世作

1986年1月22日リリースの4枚目のシングル。じわじわ順位を上げ、発売8週目の1986年3月24日付でオリコン週間1位に到達した。

作詞・川村真澄、作曲・小室哲哉、編曲・大村雅朗。TBS系ドラマ『セーラー服通り』主題歌。売上44.5万枚は渡辺美里最大のヒットで、第28回日本レコード大賞・金賞を受賞。作曲家としての小室哲哉の出世作と評される。初登場10位から8週かけて頂点に立つ、じわじわ上昇型のチャート推移だった。

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河合その子『青いスタスィオン』、おニャン子卒業の当日にオリコン1位

1986年3月21日リリースのソロ3枚目のシングル。3月31日付でオリコン初登場1位(2週連続)、1986年度の年間10位。

作詞・秋元康、作曲・編曲・後藤次利。森永製菓「ハイソフト」のCMソング。オリコン1位を獲得した3月31日は、河合その子がおニャン子クラブを卒業したまさにその日だった。卒業と同時に1位という劇的な符合が、この春の物語として残っている。

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斉藤由貴『悲しみよこんにちは』、アニメ『めぞん一刻』の初代オープニング

1986年3月21日リリースの5枚目のシングル。オリコン週間最高3位・年間19位。この春に始まったアニメ『めぞん一刻』の初代オープニングテーマ。

作詞・森雪之丞、作曲・玉置浩二、編曲・武部聡志。高橋留美子原作のアニメ『めぞん一刻』(1986年3月放送開始)の主題歌として最もヒットした曲。歌う斉藤由貴自身も、同じこの春からNHK朝ドラ『はね駒』の主演を務めていた。アニメと朝ドラ、ふたつの顔で春の画面にいた人。

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ファルコ『Rock Me Amadeus』、ドイツ語の歌として初の全米1位

オーストリア出身のファルコによる曲。1986年3月29日付でビルボードHot 100の1位になり、3週連続で首位を守った。全英チャートでも1位。

モーツァルトを題材にドイツ語でラップするという異色の曲で、ドイツ語楽曲として初の全米1位とされる。映画『アマデウス』の世界的ヒットの後という時代の空気の中で、クラシックの天才がポップスターとして蘇った。1986年春、世界で一番売れていた曲のひとつ。

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KUWATA BAND『BAN BAN BAN』、サザン活動休止中の桑田佳祐が春にデビュー

1986年4月5日リリースのデビューシングル。オリコン週間最高3位、13週連続でトップ20に入り続けた。資生堂のキャンペーンソング。

サザンオールスターズの活動休止中に桑田佳祐が結成したKUWATA BANDの第1弾シングル。KUWATA BANDの4枚のシングルの中で最大の売上。1986年だけ活動した、1年限定のバンドだった。この春から夏にかけての街の音。

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1986オメガトライブ『君は1000%』、ハレー彗星の年の5月にデビュー

1986年5月1日リリースのデビューシングル。オリコン最高6位、売上29.3万枚。日本テレビ系ドラマ『新・熱中時代宣言』主題歌。

杉山清貴&オメガトライブの解散後、日系ブラジル人のカルロス・トシキをボーカルに迎えた新体制の第1弾。爽やかなシティポップ路線で、この年の初夏の空気をまとった一曲。歌詞は1986年に76年ぶりに接近したハレー彗星に触れており、まさに「この年でなければ生まれなかった」曲。

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ホイットニー・ヒューストン『Greatest Love of All』、デビュー作から3曲連続の全米1位

1986年5月17日付でビルボードHot 100の1位(3週連続)。デビューアルバムから3作連続の全米1位という記録を打ち立てた。

デビューアルバム『Whitney Houston』(1985年)からのシングルカット。同一アルバムから3曲のHot 100首位を出した史上初の女性アーティストとなった。22歳の新星が世界の頂点に立った1986年春。堂々たるバラードが、この季節の世界のラジオを包んでいた。

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中森明菜『DESIRE -情熱-』、この年のレコード大賞で2年連続の大賞

1986年2月3日リリースの14枚目のシングル。オリコン週間1位、売上51.6万枚。この年の第28回日本レコード大賞・大賞を受賞した。

作詞・阿木燿子(中森明菜のシングルへは初提供)、作曲・鈴木キサブロー、編曲・椎名和夫。前年の『ミ・アモーレ』に続く2年連続のレコード大賞は史上2組目で、女性歌手としては初。着物を短く仕立てた衣装と振り付けでも語り継がれる。2月の発売から春先までチャート上位に残り続けた。

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おニャン子クラブ『じゃあね』、グループ初のオリコン1位になった卒業ソング

1986年2月21日リリースの3枚目のシングル。グループ名義で初のオリコン週間1位を獲得し、おニャン子クラブ名義で最大の売上となった。

王道の卒業ソング。メインボーカルは中島美春で、実質ソロに近い構成。中島が歯科衛生士の専門学校に進学するため脱退することになり、その卒業記念として制作された。当初は「中島美春 with おニャン子クラブ」名義の予定だったが、本人の希望でグループ名義になった。卒業シーズンの街に流れた。

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中山美穂『色・ホワイトブレンド』、竹内まりや作の資生堂・春のCMソング

1986年2月5日リリースの4枚目のシングル。オリコン最高5位・売上22.3万枚で、中山美穂にとって初の本格ヒット。資生堂'86春キャンペーンのCMソング。

作詞・作曲は竹内まりや(A面B面とも提供した初コラボ)、編曲・清水信之。レコーディングでは竹内まりや自身が歌唱指導とコーラスで参加した。中山美穂本人が出演する資生堂の春のキャンペーンCMで流れ、化粧品CMソングが春を告げる時代の代表格になった。

news · ニュース・出来事2

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男女雇用機会均等法が施行(4月1日)、この春の新社会人が「均等法第一世代」

1985年に制定された男女雇用機会均等法が1986年4月1日に施行。この春に入社した女性たちが「均等法第一世代」と呼ばれた。

1972年の勤労婦人福祉法を全面改正して成立。国連の女子差別撤廃条約を批准するための国内法整備の一環だった。施行当時は募集・採用などの差別禁止はまだ努力義務が中心だったが、「男女が同じスタートラインに立つ」という建前が初めて法律になった春。総合職という言葉が女性のキャリアに入ってきた時代の始まり。

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ダイアナ妃が初来日(5月8日〜13日)、列島がダイアナフィーバーに

1986年5月8日から13日、チャールズ皇太子とダイアナ妃が来日。大阪に到着し、京都を経て東京へ。沿道は大群衆で「ダイアナフィーバー」と呼ばれた。

5月8日にカナダから特別機で大阪国際空港へ到着。10日まで京都に滞在し、その後東京で天皇陛下との会見や宮中晩餐会、歌舞伎観劇など。5月11日には両国国技館で大相撲夏場所を観戦した。白地に赤の水玉のドレスと赤い帽子の装いも話題に。オープンカーのパレードには大群衆が詰めかけた。直前の5月4日から6日には東京サミットが開かれており、世界の目が東京に集まった5月だった。

tv · テレビ3

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アニメ『めぞん一刻』放送開始(3月26日)、高橋留美子のラブコメが夜7時半に

1986年3月26日、フジテレビ系で放送開始。水曜19時30分の枠で、1988年まで全96話続いた。原作は高橋留美子。

音無響子の声は島本須美、五代裕作の声は二又一成。一刻館というアパートを舞台に、浪人生と未亡人の管理人さんの恋をゆっくり描いた。同じ水曜の夜、19時からドラゴンボール、19時30分からめぞん一刻という並びがフジテレビにあった。アニメが大人の恋を描き始めた時代。

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NHK朝ドラ『はね駒』放送開始(4月7日)、斉藤由貴主演・平均視聴率41.7%

1986年4月7日放送開始のNHK連続テレビ小説第36作。主演は斉藤由貴。読みは「はねこんま」。平均視聴率41.7%。

明治の女性新聞記者・磯村春子をモデルに、福島の相馬から仙台、東京へと進んでいく女性の一代記。脚本は寺内小春。母親役は樹木希林、父親役は小林稔侍、夫役には若き渡辺謙。樹木希林はこの演技で芸術選奨文部大臣賞を受賞し、同じ年に斉藤由貴も新人賞を受賞して「母娘そろっての受賞」と話題になった。

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アニメ『ドラゴンボール』放送開始(2月26日)、この春はまだ少年悟空の冒険

1986年2月26日、フジテレビ系の水曜19時枠で放送開始。鳥山明原作、孫悟空の声は野沢雅子。

週刊少年ジャンプ連載の鳥山明の漫画をアニメ化。制作は東映アニメーション。1986年春は放送が始まったばかりの少年期編で、悟空はまだ尻尾の生えた子ども。のちに世界的な作品になるが、この春の時点では「水曜7時の新しいアニメ」だった。1989年からはそのまま『ドラゴンボールZ』へ続いていく。

movie · 映画1

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映画『ドラえもん のび太と鉄人兵団』公開(3月15日)、春休みの定番

1986年3月15日公開。東宝配給、97分。子どもたちの春休みの定番だった映画ドラえもんの1986年作品。

同時上映は『オバケのQ太郎 とびだせ!バケバケ大作戦』と『プロゴルファー猿 スーパーGOLFワールドへの挑戦!』という豪華3本立て。キャッチコピーは「地球をねらう鉄人兵団来襲!」。鏡の中の世界で巨大ロボット軍団と戦う物語は、後年までシリーズ屈指の名作と評価されている。春休みの映画館の匂いとセットの記憶。

trend · 流行・カルチャー2

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ハレー彗星が76年ぶりに接近(4月11日最接近)、見えない彗星に列島が熱狂

1986年4月11日、ハレー彗星が76年ぶりに地球へ最接近。テレビ特番や関連書籍があふれ、望遠鏡が品薄になる観測ブームが起きた。

実はこの回の接近は観測条件が過去2000年で最悪級で、日本からはほとんど良く見えなかった。それでも列島は熱狂し、観測に好条件のオーストラリアへのツアーに申し込みが殺到。3月には日本の探査機「さきがけ」「すいせい」を含む世界6機の探査機がハレー彗星に接近観測を行った。「期待して夜空を見上げたけれど、よく見えなかった」が当時の正直な思い出。次の接近は2061年。

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『MEN'S NON-NO』創刊(5月9日発売)、創刊号の表紙は阿部寛

1986年5月9日、集英社が女性誌non-noの男性版として男性ファッション誌MEN'S NON-NOを創刊(創刊号は6月号)。表紙は阿部寛。

創刊号の表紙を飾った阿部寛は、以後43号にわたって表紙を務めた。男がファッション誌を堂々と読む時代の幕開けで、デートマニュアルや着回し特集が男子大学生の必修科目になっていく。誌面には風間トオルらも登場。バブル前夜、男性もおしゃれにお金をかけ始めた春。

sports · スポーツ2

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大相撲春場所は関脇・保志が初優勝、夏場所からは千代の富士の黄金期へ

1986年3月の春場所は、関脇・保志(のちの横綱北勝海)が13勝2敗で幕内初優勝。一人横綱の千代の富士は途中休場だった。5月の夏場所は千代の富士が優勝。

春場所は千代の富士が3日目から途中休場する波乱の場所となり、若い保志が初優勝をさらった。続く5月の夏場所では千代の富士が貫禄の優勝。実はこの夏場所から千代の富士は5場所連続優勝という黄金期に入っていく。ダイアナ妃が両国国技館で観戦したのは、まさにこの夏場所だった。

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西武の新人・清原和博がデビュー(4月5日)、2試合目に初打席初本塁打級の衝撃

1986年4月4日にセ・パ両リーグ開幕。PL学園から西武に入った高卒新人・清原和博(背番号3)が4月5日の南海戦でデビューし、第2打席で初安打となる初本塁打を放った。

開幕2戦目の南海戦に途中出場し、藤本修二から放った初安打がそのまま初本塁打・初打点。この年、清原は最終的に高卒新人として歴代最高の成績を残して新人王に輝くことになるが、その物語はこの春の一発から始まった。前年三冠王のランディ・バース(阪神)が健在で、球界全体が役者の揃った開幕だった。

slang · 流行語1

4

「新人類」という言葉が流行中、年末には流行語大賞の金賞に

従来と違う価値観で行動する若者を指した言葉。1986年の新語・流行語大賞で流行語部門・金賞を受賞した(発表は年末)。

『朝日ジャーナル』編集長だった筑紫哲也の命名とされる。1986年春の時点では「最近の若いやつは新人類だから」という使われ方で流行の真っ最中だった。年末の授賞式で受賞者として登壇したのは、西武ライオンズの清原和博・工藤公康・渡辺久信の3選手。明るくクヨクヨしない若者像が、言葉のイメージを塗り替えた。

tech gadget · モノ・ガジェット1

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ソニーのラジカセ「ドデカホーン」初代CFS-DW60発売(1986年5月)

ソニーが重低音を売りにしたラジカセ「ドデカホーン」の初代モデルCFS-DW60を1986年5月に発売、価格は43,800円だった。

アコースティックロード方式で本体後部に低音用スピーカーを組み込み、体に響くような重低音を実現したことで話題になった。ダブルカセット搭載でメタルテープの録音再生にも対応しており、当時の若者が街や公園に持ち出す「音楽を外で聴く」文化の一端を担っていた。

game · ゲーム2

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『ドラゴンクエスト』第1作発売(5月27日)、国民的RPGの静かな産声

1986年5月27日、エニックスからファミコン用ソフトとして発売。価格5500円。家庭用ゲーム機では日本初のオリジナルRPGとされる。

堀井雄二のシナリオ、鳥山明のキャラクターデザイン、すぎやまこういちの音楽。キャッチコピーは「今、新しい伝説が生まれようとしている」。発売直後から行列ができたわけではなく、口コミでじわじわと売れて最終的に約150万本。のちに社会現象となる国民的シリーズの、静かな第一歩がこの春の終わりだった。

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ファミコン・ディスクシステムと『ゼルダの伝説』(2月21日発売)、この春の子どもたちの羨望

1986年2月21日、任天堂がファミコン用周辺機器ディスクシステムを発売。定価1万5000円。同日発売のローンチソフトが『ゼルダの伝説』第1作だった。

ディスクカードはセーブ機能を標準搭載し、お店の「ディスクライター」で1回500円で別のゲームに書き換えられる仕組みが画期的だった(当時のロムカセットは4000円から6000円)。同日発売の『ゼルダの伝説』は副題「THE HYRULE FANTASY」。セーブ機能を活かした広大な探索型ゲームの原点で、1986年の春は「ディスクシステムを持っている子」が羨望の的だった。

food · 食べもの1

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養老乃瀧・村さ来・つぼ八の大衆居酒屋御三家が全国展開

1980年代、養老乃瀧・村さ来・つぼ八の「居酒屋御三家」が最盛期を迎え、村さ来は全国約800店舗、つぼ八は約450店舗を展開していた。

1986年当時は居酒屋ブームの真っただ中で、この御三家チェーンが全国の駅前や繁華街に軒を連ねていた。安価な生ビールと串もの、大皿料理で、仕事帰りのサラリーマンや学生のコンパの定番となっていた。

cm ads · CM・広告1

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金鳥「タンスにゴン」のCMフレーズが流行語に

大日本除虫菊(金鳥)の防虫剤「タンスにゴン」のCMで使われた「亭主元気で留守がいい」が、1986年の新語・流行語大賞・流行語部門で銅賞を受賞した。

近所の女性たちが「タンスにゴン、タンスにゴン」と唱和し「亭主元気でー」「留守がいい」と返すCMは、当時のお茶の間で強い印象を残した。防虫剤のCMながら家庭内の力関係を茶化すユーモアが話題になった。

ここに並べたのは、1986に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。

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