WINTER · 1985

1985年 冬の記録

昭和60年 · 12・1・2月 · 全 46 件

12月7日に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『グーニーズ』が日本で公開され、12月12日に少年隊が『仮面舞踏会』でデビューして初登場1位。12月18日には羽生善治が15歳でプロ棋士になり、12月22日の有馬記念ではシンボリルドルフが連覇した。大晦日のレコード大賞は中森明菜『ミ・アモーレ』、紅白は視聴率66.0%。年明けには新田恵利『冬のオペラグラス』が元日発売で1位、1月11日に『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』が始まり、2月には国生さゆり『バレンタイン・キッス』と、『コクがあるのに、キレがある』のアサヒ生ビールが出た三ヶ月。

この季節を、シンヤの声で聴く

Music · 音楽20件

12月

小泉今日子『なんてったってアイドル』、初登場1位で紅白へ

1985年11月21日発売の17枚目のシングル。オリコン初登場1位(12月2日付)、28万枚を超えるヒット。

作詞は秋元康、作曲は筒美京平、編曲は鷺巣詩郎。タイトルは公募で、17万4千を超える応募から決まった。ディレクターの田村充義は、同じ年にデビューしたおニャン子クラブを意識して、それまでの『普通の子』という路線を変える必要があると考えた。富士写真フイルム『カルディア』のCMソング。この曲で第36回NHK紅白歌合戦に2年連続で出場した。1986年度のオリコン年間21位。

12月

少年隊『仮面舞踏会』、デビュー曲で初登場1位

1985年12月12日発売のデビューシングル。オリコン初登場1位(12月23日付)、1986年度のオリコン年間3位。

作詞はちあき哲也、作曲は筒美京平、編曲は船山基紀。B面の違う3種類の盤が出た。TBS『ザ・ベストテン』では6週連続1位。少年隊のシングルで最も売れた曲。

12月

C-C-B『空想Kiss』、ドラマ『毎度おさわがせします』第2シリーズの主題歌

1985年11月27日発売の6枚目のシングル。オリコン最高3位、1986年度のオリコン年間28位。

作詞は松本隆、作曲は筒美京平。TBS系ドラマ『毎度おさわがせします』の第2シリーズ(1985年12月10日〜1986年3月25日)の主題歌で、第1シリーズの『Romanticが止まらない』に続く起用。シングルで主に歌ったのは渡辺英樹と笠浩二。TBS『ザ・ベストテン』では最高2位。

12月

小林旭『熱き心に』、大瀧詠一の作曲・マキシムのCMソング

1985年11月20日発売。オリコン最高12位だが64週チャートに残るロングヒットで、累計約37.6万枚。1986年度のオリコン年間20位。

作詞は阿久悠、作曲・編曲は大瀧詠一。小林旭のファンを公言していた大瀧詠一が書き下ろした。味の素ゼネラルフーヅのインスタントコーヒー『マキシム』のCMソングで、はじめ歌手の名前が伏せられ、声が似ていたため加山雄三の歌と思われたこともあった。TBS『ザ・ベストテン』には12月19日の『今週のスポットライト』に出演した。

12月

佐野元春『CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-』、12インチのクリスマスソング

1985年11月21日発売の12インチ盤のシングル。オリコン12月2日付に8位で初登場、最高7位。

作詞・作曲・編曲は佐野元春。アルバム『Café Bohemia』の先行シングルで、佐野元春が初めて12インチ盤で出したオリジナル曲。

12月

中山美穂『BE-BOP-HIGHSCHOOL』、主演映画の主題歌

1985年12月5日発売の3枚目のシングル。オリコン週間最高4位。

作詞は松本隆、作曲は筒美京平、編曲は萩田光雄。中山美穂がヒロインを演じた映画『ビー・バップ・ハイスクール』(1985年12月14日公開)の主題歌。

12月

中島みゆき with スティービー・ワンダー『つめたい別れ』

1985年12月21日発売の17作目のシングル。オリコン週間最高7位。

中島みゆきの唯一の12インチシングルで、スティービー・ワンダーがハーモニカを吹いている。作詞・作曲は中島みゆき。オリジナルアルバムには入らなかった。

12月

ライオネル・リッチー『Say You, Say Me』、年をまたいで全米4週1位

映画『ホワイトナイツ/白夜』の主題歌。全米ビルボードHot 100で1985年12月21日付から4週連続1位。

1位は12月21日・28日、1986年1月4日・11日付。映画の日本公開は1986年4月26日。

12月

ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『The Power of Love』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主題歌

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主題歌。全米ビルボードHot 100で1985年8月24日付から2週1位。

映画は日本で1985年12月7日に公開された。同じ12月に日本公演があり、日本武道館・大阪フェスティバルホールなどで歌った。

12月

ミスター・ミスター『Broken Wings』、12月の全米1位

1985年6月に出たシングル。全米ビルボードHot 100で1985年12月7日付から2週1位。バンド初の全米1位。

第2アルバム『Welcome to the Real World』の先行シングル。次の『Kyrie』も1986年に全米1位になった。

1月

荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)』、年明けにかけてのヒット

1985年11月21日発売の7枚目のシングル。オリコン最高5位で、荻野目洋子にとって初めての週間トップ10入り。1986年度のオリコン年間12位。

原曲は英国の歌手アンジー・ゴールドの『イート・ユー・アップ』で、日本語の詞は篠原仁志、編曲は馬飼野康二。TBS『ザ・ベストテン』には1986年1月9日に9位で初めて入り、最高2位(2月6日)。オリコン集計の累計は32万枚で、荻野目洋子のシングルで唯一30万枚を超えた。

1月

新田恵利『冬のオペラグラス』、元日のソロデビューで1位

1986年1月1日発売のソロデビューシングル。オリコン週間1位(1月6日付から)、1986年度のオリコン年間13位。

新田恵利はおニャン子クラブのメンバー。作詞は秋元康、作曲・編曲は佐藤準。同じ日に出た吉川晃司『キャンドルの瞳』を抑えて1位になった。レコード会社の公称では、1986年6月末までに52万枚。

1月

吉川晃司『キャンドルの瞳』、元日発売で2位

1986年1月1日発売の7枚目のシングル。オリコン週間最高2位、1986年度のオリコン年間43位。

作詞は安藤秀樹、作曲は原田真二。アルバム『MODERN TIME』の先行シングル。同じ日に出た新田恵利『冬のオペラグラス』に1位を阻まれた。

1月

うしろゆびさされ組『バナナの涙』、ユニット初の1位

1986年1月21日発売の2枚目のシングル。オリコン週間1位(2月3日付)、2月度の月間1位、1986年度のオリコン年間17位。

作詞は秋元康、作曲・編曲は後藤次利。フジテレビ系アニメ『ハイスクール!奇面組』のエンディングテーマ。うしろゆびさされ組は、ここから最後のシングルまで5作続けて1位を取った。

1月

とんねるず『歌謡曲』、『雨の西麻布』に続くムード歌謡

1986年1月21日発売の6枚目のシングル。オリコン週間最高2位、1986年度のオリコン年間31位。

作詞は秋元康、作曲は見岳章。前作『雨の西麻布』に続くムード歌謡の路線。

2月

国生さゆり with おニャン子クラブ『バレンタイン・キッス』、2月1日のソロデビュー

1986年2月1日発売のソロデビューシングル。オリコン週間最高2位、1986年度のオリコン年間14位。

作詞は秋元康、作曲は瀬井広明、編曲は佐藤準。コーラスはおニャン子クラブの白石麻子と渡辺美奈代。最初はB面の『恋はRing Ring Ring』でデビューする予定だったが、2月はバレンタインデーだから、という秋元康の考えで表と裏が入れ替わった。レコード会社の公称では、1986年6月末までに55万枚。

2月

菊池桃子『Broken Sunset』、2月の1位

1986年2月13日発売の7枚目のシングル。オリコン週間1位(2月24日付)、1986年度のオリコン年間39位。

作詞は有川正沙子(菊池桃子のシングルでは初めて)、作曲・編曲は林哲司。

2月

チェッカーズ『OH!! POPSTAR』、映画『タッチ』の挿入歌

1986年2月21日発売の10枚目のシングル。オリコン週間最高2位。

作詞は売野雅勇、作曲は芹澤廣明。映画『タッチ 背番号のないエース』(1986年4月12日公開)の挿入歌で、チェッカーズ唯一のアニメのタイアップ曲。『哀しくてジェラシー』から続いたオリコン1位は、7作で途切れた。

2月

BOØWY『わがままジュリエット』

1986年2月1日発売の3枚目のシングル。オリコン週間最高39位。

作詞・作曲は氷室京介、編曲・プロデュースは布袋寅泰。アルバム『JUST A HERO』に入った。

2月

アンジー・ゴールド『Eat You Up(素敵なハイエナジー・ボーイ)』、日本の洋楽1位

英国の歌手アンジー・ゴールドの1985年の曲。日本では『素敵なハイエナジー・ボーイ』の題で、オリコン洋楽シングルチャートで1986年2月24日付から4週連続1位。

荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)』(1985年11月21日発売)の原曲。

news · ニュース・出来事2件

12月

羽生善治が15歳でプロ棋士に(12月18日)、史上3人目の中学生棋士

1985年12月18日、中学生の羽生善治が四段に上がり、プロ棋士になった。加藤一二三、谷川浩司に続く史上3人目の中学生棋士。

1970年9月27日、埼玉県所沢市の生まれ。師匠は二上達也九段。

2月

第37回さっぽろ雪まつり(1986年2月5日〜9日)、190万4千人

1986年2月5日から9日まで第37回さっぽろ雪まつりが開かれ、来場者は190万4千人(公式)。

前の年(第36回)は185万4千人。この年から『ホワイトイルミネーションさっぽろプラザ』の期間が雪まつりの期間まで延びた。

tv · テレビ7件

12月

第36回NHK紅白歌合戦(12月31日)、視聴率66.0%

1985年12月31日、NHKホールで第36回NHK紅白歌合戦。紅組の司会は森昌子、白組は鈴木健二、総合司会は千田正穂。紅組の勝ち。

紅組のトリは森昌子『愛傷歌』、白組のトリ(大トリ)は森進一『女もよう』。吉川晃司・C-C-B・安全地帯・テレサ・テン・原田知世らが初出場。平均視聴率は関東地区66.0%。6月に結婚した松田聖子も『天使のウィンク』で出場した。連続テレビ小説『澪つくし』の続きを描くコーナー『めでたづくしの澪つくし』もあった。

12月

第27回日本レコード大賞(12月31日)、大賞は中森明菜『ミ・アモーレ』

1985年12月31日、日本武道館で第27回日本レコード大賞。大賞は中森明菜『ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕』。

最優秀新人賞は中山美穂『C』、最優秀歌唱賞は石川さゆり『波止場しぐれ』。この年から会場が日本武道館になった。司会は森本毅郎と倍賞美津子。視聴率は31.4%。

12月

アニメ『小公女セーラ』最終回(12月29日)、27.8%

1985年12月29日、フジテレビ系『世界名作劇場』の『小公女セーラ』が全46話で最終回を迎えた。最終回の視聴率は27.8%。

1985年1月6日から毎週日曜19時30分に放送。セーラの声は島本須美。12月の放送は続けて20%を超え、最終回は世界名作劇場シリーズで2番目に高い数字だった。

1月

『新春スターかくし芸大会』(1986年1月1日)、32.3%

1986年1月1日、フジテレビ系『第23回!'86新春スターかくし芸大会!』の第1部が放送され、視聴率32.3%。

1964年から毎年正月にフジテレビで放送された大型の番組。この年の司会は逸見政孝と芳村真理。

1月

『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』放送開始(1986年1月11日)

1986年1月11日、加藤茶と志村けんの『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』がTBS系の土曜20時で始まった。

『8時だョ!全員集合』の後の番組。全員集合が終わってからの3か月は総集編が放送されていた。番組は1992年3月まで続いた。

2月

アニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』最終回(1986年2月19日)

1986年2月19日、1981年4月から続いたフジテレビ系アニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』が最終回を迎えた。

毎週水曜19時から。アラレの声は小山茉美。同じ鳥山明が原作の次の番組と入れ替わる形で終わった。関東地区の平均視聴率は22.7%、最高は36.9%。

2月

『機動戦士Ζガンダム』最終回(1986年2月22日)

1986年2月22日、1985年3月から放送された『機動戦士Ζガンダム』が全50話で最終回を迎えた。

土曜17時30分からの放送。『機動戦士ガンダム』の第1シリーズから5年ぶりのテレビシリーズだった。後期のオープニングは森口博子『水の星へ愛をこめて』。

movie · 映画3件

12月

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』日本公開(12月7日)

1985年12月7日に日本で公開。監督はロバート・ゼメキス、製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグ、主演はマイケル・J・フォックス。

米国の公開は1985年7月3日。日本の配給収入は36億5000万円。主題歌はヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『パワー・オブ・ラヴ』。

12月

映画『グーニーズ』日本公開(12月7日)

1985年12月7日に日本で公開。監督はリチャード・ドナー、原案はスティーヴン・スピルバーグ。日本の配給収入は19億2900万円。

米国の公開は1985年6月7日。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と同じ日の日本公開。主題歌はシンディ・ローパー『グーニーズはグッド・イナフ』。

12月

『男はつらいよ 柴又より愛をこめて』公開(12月28日)、シリーズ36作目

1985年12月28日公開の『男はつらいよ』シリーズ36作目。マドンナは栗原小巻。

監督は山田洋次、主演は渥美清。観客動員は140万7000人。ロケ地は伊豆諸島の式根島。

trend · 流行・カルチャー2件

12月

『クリスマスファミコンフェスティバル』(12月22日・晴海)、高橋名人が新聞に

1985年12月22日、東京・晴海の国際貿易センターで『クリスマスファミコンフェスティバル』が開かれ、高橋名人が活躍した。

このイベントの様子が東京新聞で大きく取り上げられ、高橋名人はゲームをしない人にも知られる存在になった。

12月

日経ヒット商品番付1985、東の横綱『ミノルタα-7000』・西の横綱『CDプレーヤー』

日経流通新聞(現・日経MJ)の『日経ヒット商品番付』1985年版で、東の横綱はミノルタ『α-7000』、西の横綱は『CDプレーヤー』。

番付は毎年の年末ごろに発表される。ミノルタα-7000は、世界で初めてのオートフォーカスの一眼レフカメラで、1985年2月の発売。CDプレーヤーは、ソニーの携帯型『D-50』(1984年・4万9800円)のあと安くなって広まった。

sports · スポーツ4件

12月

有馬記念でシンボリルドルフが連覇(12月22日)、国内最後のレース

1985年12月22日、中山競馬場の第30回有馬記念でシンボリルドルフ(騎手・岡部幸雄)が2分33秒1で勝ち、有馬記念を連覇した。

2着のミホシンザンに4馬身の差。単勝は120円。七冠馬シンボリルドルフにとって日本で最後のレースだった。11月24日のジャパンカップも勝っている。

1月

箱根駅伝で順天堂大学が総合優勝(1986年1月2日・3日)

1986年1月2日・3日の第62回箱根駅伝で、順天堂大学が11時間19分33秒で総合優勝した。往路の優勝は早稲田大学、復路は順天堂大学。

2区の区間賞は駒澤大学の大八木弘明(1時間10分00秒)。

1月

大相撲初場所 千代の富士が15回目の優勝(1986年1月26日)

1986年1月の初場所(1月12日〜26日・両国国技館)で、横綱千代の富士が13勝2敗で15回目の幕内優勝。

前の年の1985年は、6場所で80勝10敗の年間最多勝。9月場所は15戦全勝、11月場所は14勝1敗で優勝していた。

1月

ラグビー日本選手権で慶應義塾大学が日本一(1986年1月15日)

1986年1月15日の第23回ラグビー日本選手権で、大学1位の慶應義塾大学が社会人1位のトヨタ自動車を18対13で破り、日本一になった。

この年度の大学選手権の決勝は、明治大学と12対12で引き分け、両校優勝だった。

slang · 流行語1件

12月

流行語大賞1985の新語部門・金賞『分衆』

1985年の第2回新語・流行語大賞で、新語部門の金賞に『分衆』が選ばれた。受賞者は博報堂生活総合研究所の近藤道生。

博報堂生活総合研究所の本『分衆の誕生』(1985年)で打ち出された言葉で、人々の価値観が多様に分かれていくことを表した。この年の流行語部門の金賞は『イッキ!イッキ!』、銀賞は『トラキチ』。

tech gadget · モノ・ガジェット2件

1月

トヨタ 2代目『ソアラ』(1986年1月)、『世界にひとつ、日本にソアラ。』

1986年1月、トヨタが2代目ソアラ(Z20型)を出した。キャッチコピーは『世界にひとつ、日本にソアラ。』。

値段が高いにもかかわらずよく売れ、発売から約5年で30万台以上を売った。

1月

パソコンの共通規格『MSX』が100万台を突破(1986年1月)

1986年1月、パソコンの共通規格MSXの機械の出荷台数が、合わせて100万台を超えた。

MSXは1983年に米マイクロソフトとアスキーが8ビットパソコンの共通規格として打ち出したもので、各社が同じ規格の機械を出した。1985年には上の規格MSX2が決まった。

game · ゲーム2件

12月

ファミコン『ボンバーマン』発売(12月20日)

1985年12月20日、ハドソンがファミコン用の『ボンバーマン』を発売した。シリーズの第1作。

爆弾でブロックを壊し、敵を倒して出口を目指すゲーム。パソコン用のゲーム『爆弾男』を作り直したもの。

12月

ファミコン『スペランカー』発売(12月7日)

1985年12月7日、アイレムがファミコン用の『スペランカー』を発売した。洞窟の探検家になって財宝を探すアクションゲーム。

カセットには、電源が入っているか分かる赤いランプが付いていた(任天堂の年表)。

food · 食べもの1件

2月

アサヒ『アサヒ生ビール』(コク・キレ)発売(1986年2月)、CMは青木功とジャンボ尾崎

1986年2月、アサヒビールが新しいロゴをつけた初めての商品『アサヒ生ビール』を発売した(2月19日とする資料もある)。

1月21日に会社のマークを『Asahi』に変えると発表し、同じ日に『コク・キレ』の味の新しい生ビールを発表した。『コクがあるのに、キレがある』のコピーでヒットし、CMにはプロゴルファーの青木功とジャンボ尾崎が出た。翌1987年3月には『スーパードライ』が出る。

cm ads · CM・広告2件

12月

禁煙パイポのCM『私はコレで会社をやめました』、この年の流行語大賞・大衆賞

禁煙パイポのCMから生まれた『私はコレで会社をやめました』が、1985年の第2回新語・流行語大賞で流行語部門の大衆賞に選ばれた。

禁煙パイポは1984年にアルマンが発売し、CMは1984年5月に静岡県で始まって、その後東京でも流れた。パイポを持つ男性が『これでタバコをやめました』と言ったあと、小指を立てた男性が『私はコレで会社をやめました』とオチをつける。演出は市川準。

12月

カネボウ化粧品の冬のキャンペーン、白井貴子『プリンセスTIFFA』

1985年のカネボウ化粧品の冬のキャンペーンソングは、白井貴子&CRAZY BOYS『プリンセスTIFFA』(1985年10月10日発売)。

白井貴子の11枚目のシングル。CMの出演者や放送が始まった月は確かめられていない。

ここに並べたのは、1985年冬に実際にあったことの断片です。 深夜ラジオのDJ「シンヤ」は、この断片を走馬灯のように、 当時の曲を挟みながら、あなたの隣で流していきます。

1985年 冬を聴く